追われる男 | ナノ


オーケー、事情はよぉくわかった。

頷きながらそう言ったヴォルトは先程自身の腕を折ろうとした連中の真ん中で腕を組み、胡坐をかいていた。その落ち着きと余裕そうな姿は追われていたときとはまるで別人で、旅団の誰もがヴォルトに警戒の目を走らせている。言葉通り、別人なのだ。旅団に捕まり、館長が契約違反を起こしていると知ったヴォルトはすでに館長の姿を解いて元の姿――とはいってもこれが“本来のヴォルトの姿”ではない――になっていた。
殺気だらけの視線の中、殺気とは違う違和感をヴォルトは感じ、そちらへ目を向ける。そこにいたのはあの真っ黒なコートの男だった。男のオーラは洗練されており、一筋縄ではいかないと目に見えてわかるが、その視線はまるで欲しいおもちゃを目の前にした子供のように見えた。
ばちり、と男と目が合ったがヴォルトは何事もなかったかのように目を逸らし本題へと入ることにした。


「んじゃ、アンタらを館長のとこに連れてきゃいいんだな」
「仮にも契約者だろうに居場所をばらしていいのか?」
「んー、だって契約を破ったのはあっちだし、俺がこれ以上館長のために働く理由はないだろ?」
「……こいつ怪しいね。きとなにか企んでるよ」
「あらら、信用ゼロか。いや、まぁ別にいいんだけどさ」


ヴォルトは今にも襲ってきそうなどこか抜けた話し方をする男に苦笑いで対応しながら頭を掻いた。この男がヴォルトを怪しむ理由は怪しまれている本人にだってわかっている。あっさりと契約者を裏切り、手のひら返しをするような男が同じように自分達を裏切らない保証はない。しかもこの男は意図も簡単に自分の姿形を変えるのだから変身して人混みに紛れてしまえばすぐに見失ってしまうだろう。しかしヴォルトは気づいていた。この男がいくら反対だと言葉や表情に出していても、最終的な決定権を握っているのはこの男ではない、と。


「なぁ、そこのハンサムくん」
「…………オレのことか?」
「うん、そう。アンタのことだ」


頷いたヴォルトはそのあとすぐに「これでアンタが即答してたらナルシストみたいで最高に面白かったのに」とふざけたように笑った。当然周りからの殺気が強くなるが殺気を当てられている本人は相変わらずヘラヘラとしている。


「ふざけてるのか」
「いや?俺は空気を和ませてあげようと思っただけだよ」
「それをふざけてると言ってるんだ」
「おー怖い怖い。別に話を逸らしたくてハンサムくんを呼んだわけじゃない。」


続きを催促するかのように真っ黒なコートの男は黙った。


「アンタさっき“団長”って呼ばれてたよな?」
「……さぁ、そうだったか?」
「俺、耳がいいんだ。だから聞き間違えてなければ、この決定権はアンタにある。どうだ?」
「……」
「その無言はイエスととるぜ。……団長さんに問おう。“俺を信用して館長の元まで行くか”“信用せずに館長を見失うか”、どちらがいい?」





「おやおやおやァ?」


聞き覚えのある声が自分の背後から聞こえ、男は右手に嵌めていた指輪を触る手を止めた。そして振り向く間にその右手に左手を被せるいうにして指輪を隠すと、何事もなかったかのようにヴォルトを見た。その一連の動作を見逃すことなく見ていたヴォルトは、にたり、と三日月のような口をして笑った。


「いい指輪だ」
「……一度依頼を受けたら会わないんじゃなかったのか?そ、それとも失敗したというのか!?」


あからさまに話を逸らし、まるで指輪のことを話題に持ち込まんとする館長の度胸にヴォルトはわざとらしく口笛を吹いた。仕事が失敗といえば失敗したのだが、それをこの違反者に伝える義理はこれっぽっちもない。ヴォルトはお得意の演技で失敗したことをおくびにも出さず、逸らされたことを全く気にしてないかのように館長の話に乗ることにした。



「失敗?まさか!アンタ面白いこというね。この俺がそんなことになるわけがないだろ」
「しかし、それならなぜ今ここに、」
「そうだよな、会わないって言っていた俺がアンタの前に現れたんだ。そりゃ不安にもなるよなァ。いやはやまったく、そこまで気が回らなくて申し訳ない」
「……」
「そう情けない顔するなよ。ひとつ、聞き忘れてたことがあっただけさ。これがわからないことには俺の仕事が片付かないから、館長さんがちょちょいっと答えてくれればすぐ終わる」


――なぁ、いいだろ?
ヴォルトは館長を落ち着かせるような、はたまた言い聞かせるような口調で話した。しかし館長にはそれが有無を言わさぬ見えない威圧に感じ、ヴォルトから視線を逸らした。しん、と静まり返った空間で館長の喉がごくりと鳴る。「な、なにが聞きたいんだ」。やっと絞り出した声は、今にも消えてしまいそうだ。怯えている館長の姿にヴォルトは満足そうに頷いた。そしてその満足そうに細めた目をぎょろりと動かし館長の指に視線を移すが、ヴォルトと目を合わせようしない館長は当然それに気づくことはない。


「指輪」


ぽつりと感情もなく呟かれた単語は館長の耳にしっかりと届き、先程まで指輪を忙しなく弄っていた指がぴたりと止まる。それから目に見えてわかるほど、じんわりと館長の顔に脂汗が浮かんだ。指輪ひとつに何をそこまで恐れる必要があるのか。ヴォルトにはそれがわからない。ただ、館長が自分に何か大事なことを隠しているのは明確である。


「館長さんアンタは覚えているかい?俺に嘘をつくなと、契約書に書かれていたのを」
「……ゆ、ゆ、指輪と嘘は、関係ないだろう!それともなんだ、指輪をすることが、け、契約違反とでも?ふふ、ふ、ふざけてるのか!!」


ようやく顔を上げて唾を飛ばすかのように必死に声を発した館長だったが、不安げで、緊張しているのが伝わってくる言葉と演技の下手さにヴォルトは声を出して笑いそうになったし、演技のレッスンでもしてやろうかと思った。なぜもっと堂々と話そうとしない。そんなことでは誰も騙されてはくれないぞ、と。しかしそれを伝えるつもりはない。ヴォルトが伝えるのは契約違反をした内容だけである。


「指輪をしていることは罪じゃない。契約違反でもない。だが、嘘と隠し事は契約違反だ」
「だから、私は嘘なんか――」
「“ニーベリングの指輪をどこに隠した”」
「……っ、」
「とある盗賊団から言われた言葉だ。俺にはなんのことだかさっぱりでね、この言葉がどういう意味なのか気になって気になってどうしようもないんだ。美術館の館長をしていたアンタだったらこういうことにも詳しいかと思ってさ。だから教えてくれよ、“ニーベリングの指輪”がなんなのか」


アンタにはこの意味が、わかってるんだろう?

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