追われる男 | ナノ


昨日掛かってきた電話の相手は一昨日襲われた美術館の館長を務めている中年男性だった。どうせ依頼されるなら綺麗なオネーサンがよかったのに、と思いながらヴォルトは仕事の話を持ち出す。ヴォルトが話しかける度にビクビクと肩を揺らす男は、相当精神的にキているのかもしれない。そりゃあ、いつ殺されるかわからない立場なのだから当たり前だが。


「まず殺されそうになってる原因は?」
「……さ、殺人、現場を、見て」
「なるほど、証拠隠滅ってやつかァ」


依頼人の態度を気にしないヴォルトは言葉を選ばずに思ったことを口にした。男のこめかみに薄ら見える汗が冷や汗なのか脂汗なのか、真意を知ることはできないが、嘘をつけばそれはいつか必ずわかることだとヴォルトは目を細めてじっとりと男を観察した。


「相手はどんな奴かわかる?」
「いや、わからない、けど、一人じゃなかった」


ただ、わかるのは盗賊ということと盗まれたものだけらしい。それくらい、ニュースにもなっているのだから誰だってわかるし、そんな安すぎる情報を持った男をわざわざ殺しにくるほどその盗賊というのは暇なんだろうかとヴォルトは考えた。自分だったらそれくらい痛くも痒くもないし放っておく。ヴォルトはもう一度、本当に姿はわからないのかと男に問うと、男は目を魚のように泳がせて、それから小さく「真っ黒なコートを着た男と、ブロンドの男、背の高いジャージみたいなのを着た男もいた」と吐いた。「三人だけか?」と訊けば「まだいたような気がする」と曖昧な答えが返ってくる。曖昧ではあるが賊というんだからまぁたしかに三人じゃ少ないよな、とヴォルトは納得した。餅は餅屋というように、情報はその手のエキスパートに任せよう。ヴォルトは一昨日襲った美術館の盗賊の特徴と盗まれたものをメールでその人物へ送ると、もう一度男に向き合った。


「オーケー。あとはアンタがお天道さんに見えないところでひっそり静かに暮らすだけだ」
「……キ、キミは、私を守ってくれないのか!?」
「ざーんねぇん!俺の仕事は護衛じゃなくて請負!わかる?う・け・お・い!」
「つまり、どういう――」
「俺がアンタに成りきって、そいつらの目の前で死んでやるってことだ」


男は自身の代わりに死んでやると言ったヴォルトの言葉をうまく処理できなかった。代わりに死ぬとはどういうことなのか。どうしてそうも簡単に変わりに死ぬと言えるのか。そもそも、どうやって成りきるというのか。今から整形したところで間に合うわけがないだろうに。どんどん湧き出てくる疑問は自分の口では間に合わず、空回りしていた。それなのに提示された金額は払えないというような馬鹿げた金額ではない。それでも自身のほぼ全財産といっていいほどの金額ではあるが、変わりに死んでくれるということを考えればやはりこれは釣り合わない。助けてくれと頼んだのは男のほうだというのに、男の少ない良心が困惑という形で顔に出ていた。


「金額は変えない。これ以上高くはならないから安心しろよ。ただし、アンタから別に一つ、貰うものがある」
「………い、ったい、何を」


口元に三日月を浮かべるヴォルトに、男は背筋がぞくりとした。なにせ、その瞳は貪欲で、命と引き換えにきっととんでもないものを要求されると、自身の全てを持っていかれると、そう思ったからだ。しかし男の不安や恐怖とは裏腹に、ヴォルトはわけのわからぬことを口走った。


「アンタのさ、その瞳、稀に見るハッキリした青でキラキラ輝いて綺麗だよなァ。ああ、目ん玉をくりぬきたいとかそんな意味で言ったんじゃねぇよ?失明させようなんざ思ってないからな。ただね、美術館の館長ってことは目利きなんだろうし、きっとその瞳には色んなものを映しこんできたわけで、それってアンタからすればものすごく大事なもんだと思うんだよね。きっとこの先も。で、結局俺が言いたいのはさ、そのすっごく大事な瞳が俺も欲しいの。さっきも言った通り、失明はしないから命と引き換えにって考えればそれくらい安いもんだろ?」


男はヴォルトが何を言っているのか理解できなかった。理解はできないが、自身の全てを持っていかれるわけではないことだけは理解できた。思わずホッとして目が見えなくなるわけではないならと頷いた、が最後、男の見えていた世界がいつの間にか白黒へと変わる。そして目の前にいたはずのヴォルトは姿形全てがまるで映し鏡のように、男と同じになっていた。

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