嚥下狼 | ナノ


チョコレートケーキが溶けちゃいそう

最近昼間によく仕事の打ち合わせと言われ外へ出掛ける用事が多くなったイルミは今日も街へと出掛けていた。いつもと違う点は今日は仕事の打ち合わせではなく、個人的な用事だということだ。不本意ながら以前スコルに連れて行かれたカフェのチョコレートケーキをキルアが大層気に入ったらしく、スコルの言った通り、というのが悔しいがキルアの好感度が少しだけ上がったような気がしたイルミだった。そもそもキルアから嫌われているとは思っていないイルミだが、まるで扱いづらい子猫のような態度をするキルアに疑問を抱いていたのは確かだ。思春期だから、反抗期だから、とかそういうお年頃なんだろうと理由を考え付くも、如何せん、自分がその道を通ってきた記憶がないせいで理解が難しい。そんなとき、スコルが提案したそれを実行してみると何年言われていなかったか覚えていないがキルアの『イル兄、ありがとう』という言葉があのキルアからすんなりと、というほどすんなりではなかったが聞けたのだからイルミがもう一度あの店にチョコレートケーキを買いに行こうと思うのは仕様が無いことである。

イルミは目的のカフェへと近づくに連れ、いつものように隠すことをしないはっきりとしたオーラを感じた。もしかしてスコルはあのカフェにいるんだろうか、と嫌な予感がしたイルミの顔は相変わらず変わらない能面のようだがイルミなりに苦虫を噛み潰したような顔をしていた。大体これくらいはっきりとスコルの気配がわかるときは向こうもイルミの気配――それが絶の状態であろうと――に気付いていることが多い。今更回れ右をしたところで図体がでかいくせに動きが素早いスコルを撒くのは面倒臭いことこの上ないし、何よりもキルアのためにチョコレートケーキを買うことが最優先なのだ。こんなところで引き下がるようなイルミではない。

変わらないペースで淡々と歩きもう少しでカフェへと着きそうなイルミだが、ある違和感に思わず足を止めた。その違和感とは、いつもならもう突撃されてもおかしくないはずだというのに一向にスコルは姿を見せないことだ。何か企んでいるんじゃないかと気配を探り、スコルの居場所を突き止めようとして、隠れているわけではないのだから当然あっさりとスコルは見つかった。が、スコルのほかに愛らしい女の子が一緒にあのカフェでお茶をしていた。笑って楽しそうに話し、何か内緒話でもしているんだろう、互いに顔を近づけたりしていた。もしスコルがその女の子をナンパしたとしても、短時間でここまで仲良さそうになれるものか。答えはNOだ。あれはついさっき知り合ったような関係には見えない。トモダチだのなんだの、そんなものはイルミにとって理解できないものだが、それでもこれは見ていればわかることだった。


*


結局イルミはカフェには行かなかった。もちろんキルアのためにチョコレートケーキは買いに行くつもりである。しかし何も今の時間に必ず行かなくてはいけないわけではないため、時間をおいてから行くことにしたのだ。自分があの店に入ったら当然スコルは気付くだろうし、やはりそのことを考えたら面倒臭いなと思った。「同じときに同じ場所にくるなんて運命だな!」や「イルミってはそんなに俺に会いたかったの?」といった台詞をデレデレとした顔で言われるのは目に見えている。望んでそんなことを言ってほしいと思っていないのだから有り難迷惑である。そんなことを考えてあの店から離れたカフェで三十分くらい時間を潰していると背後からあの声が、イルミの名前を呼びながらやってきた。


「やっほーイルミ!最近なんか会うこと多いね?俺に会いたくてわざわざククルーマウンテンから降りてきてんのかな?いやー俺ってば愛されてるわァ!」
「勘違いもそこまでくると清々しいね」
「それほどでもあるかな?」
「褒めてないけど」
「えー…ていうかイルミなんかご機嫌斜めだね?」


その言葉に思わずイルミは「は?」と間抜けな返事をしてしまった。別にイルミ本人は怒っているつもりはない。チョコレートケーキをさっき買えなかったから、と怒るほどイルミは自分が短気だと思っていないし、それは本当だった。というか、イルミは表情の変化や心情の変化を人に悟られにくい。自分から『こんなに落ち込んでるのに』なんて言っても信じてもらえないのはしょっちゅうだ。それなのに街に降りるときしか会わないスコルに何がわかるというのか。それほどまでに自分は感情をコントロールできていなかったのか。イルミは無表情のまま黙ってスコルを見ながら考えた。

スコルはスコルでどうしてイルミがご機嫌斜めなのかを考えていた。何か困ったこと、嫌なこと、悲しいこと、そんなことがあったのか。こういうときどうやって慰めればいいんだろうかと思考を巡らせてみるが出てくる言葉は『スコルは人を慰めるのに向いてない』だの『むしろ煽ってんのかって言いたくなるよな』と言った同僚の言葉ばかりである。スコル自身わかっていたことだが改めて考えてみるとこれほどまでに自分は人を慰めるのに向いていないのかと落ち込みそうになった。


「……なぁ、イルミなんか嫌なことでもあった?」
「別に。ていうかオレ機嫌悪くないから」
「でもさぁ、なんつーか、こう、オーラがすげえトゲトゲしてるっつーか」
「オレお前の前だと絶してるからオーラわかんないと思うんだけど」
「たしかにそうだけど!ほら!愛のオーラっつーの?そのイルミと俺を繋ぐ愛のオーラがさァ!」
「気持ち悪いからやめて。……というかお前、さっき女と話してたでしょ。相手いるならそっち行ってなよ、邪魔にならなくて丁度いい」


「気持ち悪い」という返事に照れ隠しか、と思いつつもやはり口を開くんじゃなかったとスコルは少し後悔していたがそのあとに続いた言葉に耳を疑った。女?ん?なんのことだ?覚えの無いことを言われ大の男がしても可愛くないというのに反射的に首を傾げてしまう。


「えっと、なんのことかわかんないけど、さっき?イルミ近くにいたの?」


本当になんのことなのかわかっていないスコルだが、イルミにはこれがわざとらしい演技のようにしか見えなかった。仮にスコルが言っていることが本当だとしよう。イルミが絶をしていてもいつだって、必ずイルミのことを見つけるスコルが、今回イルミに気付かなかった。これはそれほどスコルが彼女に夢中だったということになる。だから、そんなに夢中になるものならやはり恋愛というものはトモダチと一緒でいらないものだとイルミは再確認するように思った。そしてイルミはそこまで考えて、そんな相手がいるならなぜ自分に構うのかと少しだけ腹が立ったのだった。


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