嚥下狼 | ナノ


きたないくらいがちょうどいい

人生が長いながーいものだったとしても、紙の資料にしてしまえば薄っぺらい。長い年月も数分あれば読み終える。その人物が大切だと思っている記憶もこちらが不必要だと判断すれば記載されないし、死ねばその資料はゴミ箱行きのどうでもいいモノへと変わる。いくらその人物にとってかけがえのない人生だったとしてもこちらからすればそれはそのくらいどうでもいい情報だったということなのだ。同情なんてことはしない。死んだらその紙面に書かれたモノクロのように価値が下がる、ただそれだけ。


「これだけ?」
「そ。無いと思うけどもしすでに他へ流されてたらそのときはまとめてよろしくね」
「了解。でもこれ俺の担当じゃなくねーか?」
「スコルがしっかり管理してなかったせいだから責任はスコルにあるでしょ」


そう言われてしまえば何も言い返せやしない。スコルはもう一度そのぺらりと薄い一枚の資料に目を通すような素振りを見せて口を閉じた。同僚が言うように確かに最近自分でもわかるほどスコルは浮わついていた。だから監視が自分の仕事である以上、自分のミスは自分で拭えというわけだ。


「相手、暗殺者なんだってね」
「……お前も俺になんか言いたいの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ、気をつけてね」
「あー、大丈夫ってか、あいつ俺のこと一ミリも眼中に入れてねぇから絶対」


笑って言ったが、自分で言ってて悲しいものだなと思ったスコルだが、イルミの話をするとイルミに会いたくなったため、悲しい気持ちもどこかへ飛んでいった。しかしミスの原因はまさにこれであるため、会いに行くよりもまず先にスコルは仕事を終わらせる必要がある。終わったら終わったで始末書を書かなければならないことを考えると億劫だった。


「……始末書は明日書きにきてもいい?」
「今日なんか用事?」
「元気を充電しに」
「……ちなみに場所は?」
「イルミのところ!」


まるで語尾にハートが付いていそうな返答に同僚は仕事を任せても大丈夫なのかと不安になるがその顔が本当に楽しみにしているようだったので「いってらっしゃい」と呆れながらも見送った。


*


スコル、男。家族構成は父母と弟が一人。元々違う大陸の住民だったが仕事を探しにスコルだけがこちらへ出てきて現在の会社に就職した。会社は大きいものではないがいくつか飲食店も経営していて成功しているようだ。裏の顔も一切なく、良心的な会社である。どういった経緯で念能力を会得したかは不明。ハンターライセンス所持。

イルミはミルキに調べさせ、携帯に送らせていた情報に目を通していた。面白みのない、平凡な男だというのが正直な感想だった。だが平凡というには引っ掛かりを覚える点がある。
何故、普通であれば念の存在さえ知らない一般人の、どこにでもいそうな経歴を持った男が念能力を会得し、さらにはあそこまで扱えているのか。本来なら纏のことさえ知らずにそのままオーラを出し切って死ぬものなのだ。だからこの時点で一般人という枠には当てはまらない。
ミルキにしっかりと調べさせた情報であるが、あまりにも役に立たない情報にイルミは依頼料を半分にするように言おうと思った。


「イールーミッ!」


隠す気のないオーラが段々と近付いていたことには気付いていた。だからこそイルミは絶をして存在感を消していたというのにどうしてスコルはそれをいちいち見つけようとするのかと甚だ疑問であった。
目の前にスコルが現れた瞬間、ツン、と嗅ぎ慣れた臭いが微量であるが鼻をつく。


「……血の臭いするんだけど」
「ん?イルミは鼻がいいな〜!実は今日仕事中に転んじゃって膝擦り剥いたんだよね」


スコルは、あはは、と笑いながら擦り剥いたというほうの脚を上げて見せてきたためイルミは無意識に目をそちらに動かすとたしかにズボンが少し破れ血が滲んでいるようだった。イルミは「間抜け」とだけ言って、自身の中にあった可能性に首を振った。
血の臭いというものはそうそう付くはずがない。だからスコルも本当は裏の人間ではないのかとイルミはあの一瞬で考えていた。しかし人を殺して付く臭いはこんな微量のものではない。だから確認がてら珍しくどうでもいいような質問を投げ掛けたのだ。


「もしかしてイルミってば俺の心配してくれてた?」
「お前頭沸いてるの?」


にんまりと笑う姿は自分の都合の悪い部分は聞こえないふりをしているようにも見えた。現にスコルは都合の良いようにしか捉えていないのだが、聞こえないふりとはまた違い、悪い言葉はただの照れ隠しだと変換しているスーパーポジティブだった。


「オレ、お前の相手してるほど暇じゃないんだけど」
「カフェでお茶してんのに?」
「今から仕事相手と打ち合わせだからどっか行って」


周りを見渡してもそれらしい人物はいないがもうすぐしたら来るんだろう。スコルは渋々了解し、間延びた返事をした。「またねイルミ」と手を振っても返事が返ってくることはないが、イルミがこちらを一瞥したためスコルはそれだけで満足だった。

イルミと別れて少し経った頃、スコルの横を奇抜なピエロが通り、この街並みに似合わない派手な容姿に思わず目で追いそうになった。が、ハッキリとわかる血の臭いがしたためスコルは目で追うのはやめた。他人であるし話し掛けてくることはなかったが、あのピエロのような男もイルミと同じように俺から血の臭いがすることに気付いただろう。


「……自作自演で怪我作るなんてあほらしいことやっちまったなァ」


元はと言えばあの女の血が少し服に付いたのが原因なのだ。誤魔化しとはいえ、こんな、イルミが言うように『間抜け』な怪我をした自分を同僚が見たら馬鹿だと笑うに違いない。


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