嚥下狼 | ナノ


晴天の下でふたり

「な、お茶でもしようぜ」


あの伝説の暗殺一家、ゾルディックにナンパ紛いなことを容易にやってみせるのはスコルぐらいだろう。イルミがその一家の長男だと知らない道行く人からすればその光景はただ偶然会った知人からお茶に誘われているようにしか見えなかった。
今日の天気は快晴、気温は快調。スコルは同僚から今週オープンしたカフェのテラス席がいい雰囲気だったから行ってみるといいと教えてもらい、休みの今日それを実行しようと外に出たのだ。そしてたまたま、本当に偶然で、歩いているイルミを見つけたので決して計画していたわけではない。


「お前何、ストーカーなの?」
「ちげーよ!偶然イルミを見掛けただけ!」
「こんなとこで偶然とか信憑性がない」
「えー?じゃあ偶然じゃなくて運命ってことにしよう!」
「やっぱりストーカーか」


言葉はひどいものばかりだが、なんだかんだ言って会話をしてくれるのだからイルミはやはり優しいとスコルは思った。胸がぽかぽかと温かくなるように感じて自然と顔が緩みそうになる。


「今週オープンしたカフェがいい雰囲気なんだよ」
「だから?」
「イルミも一緒にどう?」
「なんでわざわざお前と一緒にお茶しなくちゃいけないわけ。それなら俺別の日に一人で行くから場所だけ教えてよ」


ぶれないイルミにスコルは思わず言葉が詰まった。ここでいいじゃん行こうよだなんて言っても同じように返されるだけだとスコルはわかっていたし、イルミもそう言われたら同じように返そうと考えていた。力だけなら――念能力は無しとして――イルミより強いだろうと自信はあるがスコルとしては力ずくで連れて行くのはどうしても嫌だった。さて、どうすればイルミが自分からついてきてくれるのかを考えようとしてみたが残念なことにスコルの頭は良いとは言えない。だからこそ、出てくる答えは月並みなものだった。


「俺が奢るからさ!」
「悪いけどオレ奢ってもらうほどお金に困ってないから」


ズッパシと見事に切られたスコルの言葉は真っ二つになってひらひらと地面に落ちていくかのような錯覚に落ちる。悪いけどと言ったイルミ本人はこれっぽっちも悪いと思っていないし、スコルもどこらへんが悪いと思っているんだろうかと甚だ疑問だった。しかしこれがイルミなのだ。奢るという選択肢は一瞬のうちに消えてしまった。
悔しいがこれがスコルでもカフェのことを教えてくれた同僚でもなく、以前スコルを小馬鹿にしてきたほうの同僚であれば頭がいいあいつのことだ、何かもっといい考えが浮かんだのかもしれないとスコルは素直にそう思った。
ならば奥の手、すでに最終手段である。


「イルミって下に弟達がいるんだろ?」


どうしてそれを知っているんだと言うかのようにイルミのオーラがじわりじわりとスコルを捕らえる。急いでスコルは調べたんだと答えたがゾルディックは“誰も真の顔を見たことがない”と噂されているのだ。何故イルミに“弟”がいると知っていて、さらに弟“達”と複数形で答えたのか、イルミはそこに反応していた。スコルが情報屋に大金を払って聞いたことならば知っていて当然かもしれないが、先ほど急いで発せられた言葉はスコル本人が調べたと言っているようにしか捉えられなかった。イルミが自身を警戒していることは明らかだが、それでもスコルは調べたの一点張りで、それ以上の詳細は言わなかった。

この必死で間抜けなスコルにどうしてオレが警戒しなくてはいけないんだろうかと思ってすぐにイルミはふと既視感を感じる。そしてその正体はすぐにわかった。念獣を片割れだと抜かすスコルに脅威を感じていた自身が全く同じ心境だったのだ。馬鹿らしいとイルミはわざとらしく息を吐いた。


「……弟達がいるとして、それが何」
「えっ、あ、あのな!弟達が甘いもの好きだったらお土産にケーキとかお菓子とか買っていったら好感度がグーンと上がるんじゃないかって思って!どう?」
「……いいよ、ただしお金出すのはお前ね」
「!おう、任せろ」


イルミがその一瞬で脳内に浮かんだ八割がキルアであり、残りの二割がほかの弟達であるというなんとも偏っていることを知らないスコルは弟達の好感度を上げようとするイルミを可愛いと思い、弟思いのいいお兄ちゃんなんだなと考えていたので本人は知らないほうが幸せだろう。


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