嚥下狼 | ナノ


まばゆい狼

イルミとスコルが出会ったのはククルーマウンテンだった。スコルはゾルディックのお得意様でなければ依頼者でもない。敵なんて作らなそうな屈託ない笑顔は勿論暗殺対象なわけがなかった。二人が出会ったのは単なる偶然である。ククルーマウンテンにいる時点で偶然とは言い難いものがあるが、偶然なのだ。


「迷子になったんだけどここどこかわかるか?」


イルミのことを太陽だと言ったスコルがそのすぐ後に発した言葉がこれだ。わかるもなにも、ここはククルーマウンテン、ゾルディックの敷地内。知っていてわざと訊いているんじゃないかと訊き返しそうな質問だった。イルミの顔を知らないとしてもゾルディックはこの辺りじゃ観光地になっているのだから。となると、頭がおかしい奴を装った賞金首ハンターか。イルミはすぐにその考えに辿り着いた。


「堂々とゾルディックの敷地に入ってこれるほど力に自信あるんだね」
「……敷地?俺不法侵入しちゃったわけ?」


これが演技なら大した演技力である。賞金首ハンターなんてやめてそっちの道に行くほうがいいんじゃないか。スコルはイルミが針を投げようとモーションをとったのを見て、勘違いだと全力で止めようとする。そのことをイルミが信じると思っているのかは知らないが、全力で止めようとする姿は間抜けなものだった。やる気が削げる。そんな時「あ、そういえば」と思い出したように呟いたのはイルミのほうだ。


「お前どうやってここに侵入したの」
「侵入って…あ、でも今はそういうことになっちゃうのか…でもそんなつもりがあったわけじゃ…」


ブツブツとスコルが何か真面目に呟いている間にイルミはじとりと観察するような目を向けた。銀に近い灰褐色の髪、獣のように鋭い琥珀色の瞳。宛らそれは狼のような、そんな印象を受ける。


「人様の敷地ってほんとに知らなくて、迷子なったと思ったらいつの間にかここに着いてたんだ」
「演技は一丁前なのに考えつく理由は三流だね」
「ホントなんだってばァ!」


嘆く姿はやはり間抜けで演技のように見えないが、説得力はない。スコルがまるで普通のことのように纏うソレが疑われる要因であると言えた。洗練させたオーラは語らずともスコルの強さを教えてくれる。まともにやり合えばさすがのイルミでもただでは済まない。それでもイルミには勝機があった。これは自尊心や自負心からではない。イルミは手元で弄っていた針を持ち直す。どうやってここに侵入したのか吐くつもりがないスコルに用はなかった。基本、仕事以外で無駄な殺しはしない主義だが相手は不法侵入者で念能力者。まだ念を覚えていない弟達の害になる存在がこんな場所にいるとわかれば早く消さなくてはならない。


「…うおっ!?ッ、ハティ!」


イルミとスコルしかいないはずの場所で叫ばれた名前の主は突如現れた人一人飲み込みそうな大きさの狼だった。放出系、か。一目でそれが念獣だとわかる。念獣は主人に向けて投げられた針をその大きな口で食べてしまった。反射神経は上々、だが。


「なに勝手にオレの針食ってんの」
「えっ!あっ!ごめん!!」
「悪いと思うなら吐き出してよ」
「吐き出す!?無理じゃ……ハティできる?」


スコルは無理と思いながらも一応念獣に確認をとっているが正直イルミは吐き出された針なんて要らなかった。自身の仕事道具を食べられて少し腹が立っただけだ。念獣は吐き出すつもりがないんだろう。急に攻撃されたスコルは困ったように笑っているというのに念獣は怒らない主人の代わりのようにイルミに向けて牙を剥き、敵意を露わにしている。イルミは躾がなってないなと思うよりも念獣がこうもはっきりとした感情を持っていることが気になった。

道具に感情なんて無駄なだけじゃないか。イルミはそう考える。仕事で相手の護衛などに念能力者などがいることはよくあり、その中にイルミと同じ操作系の能力者は勿論いる。操作するものは千差万別、己の扱いやすい馴染みのある武器や人にナニかを刺してそれを道具とする者(イルミの場合針)、たまに人間ではない生物を扱う者達がいる。そのうちの生物を扱う者達はイルミが知っている中だと決まってその生物を愛でており、死ねば悲しんでいた。イルミはその気持ちがわからない。ソレは道具で、使い捨ての駒のようなものじゃないのか。そうでなければ邪魔なだけだ、と。イルミの目の前に立つスコルは念獣を生身の動物のように扱い、その念獣をハティと呼んでいる。イルミからすればそんなスコルは同じ生物とは到底思えなかった。


「お前念獣に名前なんか付けてるの?」
「こいつは俺の片割れだから」
「……馬鹿みたい」


念獣を片割れだと馬鹿なことを抜かす男を見るのは初めてだし、しかも自身がこんな馬鹿な男を脅威だと感じていたことが馬鹿らしかった。何気無く呟かれた言葉は小さかったにも関わらずスコルの耳にしっかりと届いたらしく「おい!聞こえてんぞ!」と抗議の声が投げられた。


「あっちに向かって真っ直ぐ」
「……は?何?」
「俺が走れば五分も掛からず着くし余裕だよね」
「え、いや、だから」
「てことで迷子ってのが嘘じゃないならあと五分でこの敷地から出てってくれる?」
「あの、…信じてくれんの?」
「は?嘘なの?じゃあ殺そう」
「嘘じゃないけど!!」


スコルは理解が追いつかなかった。直前まで自身を殺そうとしていたイルミが何故突然そんなことを言い出すのかわかるわけがない。だが混乱しているスコルとは反対にイルミは至極冷静だった。…冷静というよりはスコルの馬鹿さに呆れ殺す気が失せていたと言うほうがしっくりくるのかもしれない。それが今の状況を作った原因である。


「ええ、っと、信じてくれてありがとう…?」
「あと四分三十秒」
「全然聞いてねぇなお前!?」
「………」
「あああもう!まじありがとう!!」
「………」
「あ!俺スコルって名前な!お前は!?」
「………四分」
「四分か!珍しい名前だな…って違うだろおおおおお」
「……早く行けば?」
「名前くらい教えろよ!?まあじゃあ今は時間ねぇしいいや!また会おうな!じゃ!」


また会うなんてこっちから願い下げだ、とそれらしいことをイルミが口にする前にスコルは走って行ってしまう。その態度が気に入らなくて次にゾルディックの敷地内で見つけたら殺そうと心に決めたイルミだった。


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