嚥下狼 | ナノ


なにもしらないくせに

『スコルって悩みなんてなさそうだよね』

これはスコルにとって面白味もない聞き飽きた台詞だ。『なんで?』と訊こうものなら必ず『だっていつだって楽しそうだから』とまるでテンプレートでもあるんじゃないかってくらい同じ答えを返される。そりゃあ誰が見てもいつだってにこにこして楽しそうなスコルだが、悩みのない人間ではない。そんな人間、いるわけがない。もしいたとして、確かに悩みがないというのは楽でいいのかもしれないが、悩みのない人生に楽しさの欠片も感じないスコルはそんな人間になりたいと思わなかった。きっとスコルが悩んでいるとか怒っているとかそういうことを伝えれば『らしくないね』と言われるだろう。スコルだって悩むときは悩むし、怒るときは怒る。“らしくない”ってのはスコルのことをまだあまり知らない人の言葉だ。“らしくない”のではなく、その一面をその人は“知らなかった”だけ。そして今まで知らなかった部分を知っただけなのだから、悩むことも怒ることも、全て、“スコルらしい”のだ。


「お前って悩みないでしょ」


仕事でもやっていたのか、それとも単にスコルに会いたくなかったからなのか、二週間ぶりにククルーマウンテンから下りてきたイルミはスコルと会って開口一番にそう言った。


「久しぶりの挨拶がそれかよ〜!まあいいけど、イルミこの二週間なんか悩んでてたわけ?ていうか俺はイルミがツンデレすぎるっていう悩みがちゃんとあるぞ!」
「だって自分の弟殺しておいて念獣にその弟の名前をつけてるから」


スコルの言葉を無視するかのように、イルミはどうして悩みがないと思ったのか、その答えを言った。スコルはそれを聞いて頭が真っ白になる。イルミの言葉が理解出来ている筈なのに、それを拒否したくなる。背中にじんわりと感じるのは汗だろうか。おかしいな、今日はあまり暑くないというのに。動揺した姿を見せるスコルを前に、イルミのオーラは楽しそうにゆらゆらと揺れていた。


「なんで知ってるんだって顔してるね。お前の情報がほとんど出ないから家族を調べたんだよ。そしたら弟……正確には双子の弟、は死んでるって。もう大分前の話みたいだし、不可解な事件だったからあまり多くは公表されてなかったけど情報屋に調べさせればそれも簡単にわかる。『上半身を一口で大きな獣か何かに喰われた形跡あり』って書いてあった。いくら子供とはいえ一口で半分も喰らう獣がこれといってど田舎って感じでもない街の中心に突然現れるわけがない。まぁ、仮に現れたとしても、獣の毛の一本や二本落ちていてもおかしくないし足跡が残っているはずだよね。それなのにそのどちらともが吃驚するほど見つからない。それでオレ、ピンときたんだ。つまりその獣ってのは――」
「それ以上言うな」
「お前も知ってる事実を言ってるだけなんだけど」
「っ、うるさい!」


表情は変わらずとも、イルミは多少驚いていた。あのスコルの怒鳴る姿がまさか見れるとは思っていなかったからだ。「怒ることもできるのか」。無意識にそう呟いた。いつもイライラとさせられる側だったイルミはこの二週間、スコルやその家族について調べて損はなかったと確信する。すぅっと目を細めれば、睨むようにこちらを見ていたスコルの横にイルミが初対面のとき針を飛ばして一度だけ見た念獣が現れた。以前より、大きくなっているのは気のせいだろうか。イルミは数ヶ月前の出来事を思い出そうとしたが、思い出すよりも先に念獣はイルミを襲ってきそうな気配を出しているため思い出すのをやめて向き合う。


「へぇ、オレとやり合う気なんだ」
「やり合う気は、ない」


今のスコルには説得力に欠ける言葉だった。


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