わるいゆめをみた | ナノ


15 おそれをしるきみがほしい


風呂から上がりズボンだけを履いて出てきたオメガは斜めにあった鏡にふと目を向け、左胸にある十二本の足を持ち、その腹に“4”と刻まれた蜘蛛に手を当てた。


「そんなに嫌なら嫌と言えばよかったのに」
「……言っても聞かないだろ」
「悪いが蜘蛛に入らないっていう願いは聞かないが数字を変えることはできた」
「今更だな」
「まぁな…だが、そんなに嫌か?」
「………ただの我儘だよ。“4”ってのは“死”を連想するから縁起がよくない」


後ろから先程の行為を見ていたクロロは拍子抜けした。二年前、結局訊かなかった答えはこうもあっさり聞けたのだ。オメガがそんなことに執着するような奴だと思っていなかったし、何よりその考え方はひどく人間臭かった。これには驚いて、ああ、そういえばこいつも人間だったなと思い出す。だからクロロは「死を恐れるほど弱くないくせに」と言ってみたのだが「今はまだ死にたくないから」と若干噛み合っていない返事が返ってきた。

そうか、オメガでも恐れるものがあるのか。そしてそれを連想させるものを心臓の部位に刻むとはまるで殺してくれと言っているようだ。クロロは純粋に、まるで新しい何かを発見した子どものような瞳で見つめながら思った。

クロロはオメガを手放すつもりは毛頭ない。その人間性に興味があるからこそ、蜘蛛という枷で逃がさぬようにしたのだ。このことをもしオメガが知ったら奇妙なものを見るような目を向けるだろう。俺ほど面白くない人間の人間性に興味があるとは変なやつだな、と。オメガは自分がどれだけ面白くない人間なのか知っていた。これに関してはクロロに勝ると胸を張って言える。感情もほぼ抜け落ち、表情もまた然り。わかってやっているのなら戻せと言われるかもしれないが、こればっかりはわかっていても戻すことはできなかった。嬉しい顔とは?悲しい顔とは?怒った顔とは?表情筋がなくなってしまったわけではない。面倒臭いうえに、忘れてしまったのだ。


「なあ、クロロ」
「なんだ?」
「悪いと思うなら、俺が蜘蛛を抜けたいと言った日にゃ快く返事の二文字をくれよ」
「断る」


間髪を容れずにクロロは返す。当然だ。


「器が小さい男だ」
「ああ、そうだな」
「…たまには俺の願いくらい聞いてもいいんじゃないか?俺はいつだってお前の願いも命令も聞いてるだろ。見返りを求めてもいいくらいにな」
「たしかにそうだが、オレもお前の願いは極力聞いてるつもりだ」
「どの口が言ってんだか……」


クロロはオメガの言う事を聞かない。ややこしくなるからついてくるなと言えば必ずついてくるし、逆に一人じゃ無理そうだからついてこいと言えば必ずついてこない。オメガがクロロにお願いするのはそのくらいしかないというのに、一切それを聞かないのだ。オメガからすればこのうえなく面倒臭い。クロロからすればこのうえなく愉しい。それでもオメガはクロロから何かお願いされれば二つ返事で叶えてくれるのだからお人好しもいいところだと今日も団員達は口を揃えて言っていた。

三年後、クロロはオメガがクロロの許可無しに幻影旅団の4番を譲ったという事実を知り、虚を突かれたかのような顔になることをまだ知らない。

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