わるいゆめをみた | ナノ


男は無意識だった。面倒臭いわけでも、忘れたわけでもなく、ただ、戻れぬ事を知っているから、本当の自分に蓋をして、見て見ぬふりをしたかっただけ。


「二十一歳、おめでとう」


クロロが時計を見ると日付は変わったばかりだった。急に黙ってしまったオメガに祝いの言葉を送る。しかしいつもならば『ありがとう』と返ってくるはずの返事がなく、どうしたのかと思い顔を覗こうとするとオメガの体がぐらりとクロロの胸板に倒れてきた。オメガの髪がむず痒く感じ、やめろと肩を持とうとしてクロロはあることに気付く。……揺れている?小刻みに動く肩に一体どんな意味があるのかわからない。


「ふ、っふふ、は、」


クロロはぎょっとした。当然である。あのオメガが目の前で声を出して笑っているのだから。こいつが本当にあのオメガなんだろうかと疑う前にクロロはまず自身の目を疑った。まさか快楽で気絶して見た夢なわけじゃあるまい。想像ですらオメガの笑顔を浮かべることができなかったクロロに夢の中でこんな笑顔が見れるわけがなかった。そうか、オメガはこんな風に笑うのか。一度は驚いたものの、クロロは冷静にじっとその顔を見つめながらそう思った。笑う姿は今までのオメガでは想像ができないほど、感じのいい青年のように見える。


「はは、はっはは!駄目だ、ふっは、おっもしれー!」
「……おい、オメガ」


何が面白いのか、クロロには理解できない。いつも通りセックスをして、気付けば日付が変わっている。たったそれだけのことではないか。突然一人で笑いだすオメガに少し、恐怖を見る。しかしオメガのオーラは至って普通で、どれかというと心地のいいものを感じさせた。


「なぁ、ほんと、ふふ、意味わかんねぇよ」
「……俺からすればお前のほうが意味わからん」
「ぶはっ!確かにそうかも!でもさ、ほんとわかんないんだって。なんで二十回目にしてやっとなのか、二十一回目ならまだ年齢と合っててわかるのに!」


クロロはそれでもまだ意味のわからないことを言うオメガに心底呆れた。しかし笑っていたはずのオメガの次の行動に再びぎょっとさせられる。「ほんと、わかんねぇ」そんなことを言いながらじわりじわりとその瞳に溜まっていくのは涙だろうか。クロロはそれがなんなのか一瞬考えてしまった。涙に決まっているのに、脳が否定した。本当に、誰なんだ、と。笑った顔も、その涙も、いつもと違う抑揚のある感情的な喋り方も、クロロは何一つ知らない。クロロの知っているオメガはそこにはいなかった。

しかし、嫌とは思わなかった。ボロボロと目や鼻から水を垂らす姿が可愛いとさえ思った。綺麗だと思っていたはずの顔は涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっていて、思わず笑ってしまいそうになる。クロロの自然と伸びた手はオメガの頬に添えられ、その涙を親指でそっと拭う。そのことに気付いたオメガは汚い顔のまま、まるで花が咲いたかのように笑ってみせた。


「ほんとに、お前に会えてよかった」


クロロは思う。
オメガという人間はこんなにもわかりやすい人間だったんだと。

わるいゆめをみた
なあ、うんと長生きして、お前と一緒にオレを死なせてくれよ。

prev / next

[ back ]



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -