移転 | ナノ


ぼちぼちと人が増え始め、私の存在が気にならない程度になってきたため絶を解いてお得意の一般人の真似をしたオーラの流れにする。別に自分が注目されるような人物だなんて自意識過剰なことは思っていないが、明らかに周りとの体格が違うため、ニヤニヤと馬鹿にしたような目つきで見られるのが嫌だった。数年前に受けたハンター試験から少しは成長したが、それでもこの身体だけは屈強そうに見える男共からすれば軽くあしらえる程度だと思われるに違いない。

――ぞわり、
急に気持ち悪いオーラが近くに感じてその発信源であろう場所に目を向けると私が監視しなくてはならない人物、ヒソカがビーンズからプレートを受け取っていた。なんというか、わかってはいたけどやっぱり今年が原作開始の年なんだよなぁ…。ズーンと重石でも乗っかっているかのような錯覚に落ちながらヒソカを監視できて尚且つヒソカの目に留まらないような場所へ移動する。私は念能力者だとバレてはいけないため、絶はしなかった。

何時間経ったか、座りすぎてお尻が痛い。私は増える受験者の様子を見つつ、少しずつだがなるべく自然にヒソカの近くへと寄っていた。原作通りであれば必ず試験が始まる前にヒソカが一度男の腕を切り落とすことになる。問題を起こさないようにと監視を任されたのだからとりあえずそれは回避させなくてはいけなかった。消えかかりそうな記憶を引っ張り出していつのことだったのかを思い出すが、かなり不安だ。多分トンパがゴン達にヒソカのことを教えていた場面があったからそのときだと思うが。

少し前にビーンズから現在の人数を聞いてからあまり人は増えてない。ゴン達が到着するまでざっと百人はいた。 ……そもそもゴン達の番号って400番最初で合ってたっけ、あれ? 脳内でぐるぐると回り始めた思考に目が回りそうになるが突然頭上から声が掛かりハッと現実に戻された。


「アンタ、新人かい?」


でた、トンパ。
どうやら私のことを新人だと思ったらしい。あのときのハンター試験とほぼ似通った格好――同じ帽子にデザインは違うがパーカーを着てフードを被っている――をしている私だが、試験を受けたのが五年以上前でさらに一度しか会話をしていない相手のことはさすがのトンパでも記憶から消えてしまうようだ。そんなことを考えている間にトンパは得意の良い人っぷりを発揮しようと私が相槌を打っていないにも関わらず一人話していた。

座って俯いていたから具合が悪いのかと思ってな。アンタ新人なんだろ?しかも女となっちゃあ、こんなむさ苦しいとこは具合が悪くなるのも無理はない。それで心配になって声を掛けたんだよ!ああ、そういえば自己紹介がまだなったな。俺はトンパ!ハンター試験に関しちゃあベテランだぜ!なんせこれまで三十四回も受けてるんだからな!なんかわからないことがあったら気軽に俺に聞いてくれ。手を貸すぜ。あ、それとお近づきの印と言っちゃあなんだが、これよければ飲んでくれよ。具合が悪いなら水分も取ったほうがいいだろうし。じゃ、またな!

突如現れ怒涛の勢いで話し去って行ったトンパはもうすでに人混みの中へと消えていた。断れば怪しまれるかもしれないと今回はジュースを受け取ったが、さてこれをどうしたものか。そこらへんの人にあげて私が問題を起こしてしまってはいけないし、ほったらかしにしていたらしていたで誰かが間違って飲んでしまうかもしれない。んんん…。ジュースの処分をどうするか決め兼ねていると今度はトンパの声ではなかったが再び頭上から声が掛かった。なんだなんだ、忙しいな、もう。


「それ飲まないの?」


見上げてびっくり、キルアじゃないか。
胸に付けている“99”と書かれたプレートが目に入る。そういえば99番だったっけキルア。


「…どうしてですか?」
「いや、飲まないなら貰おうと思って」


ああ、そういえばキルアって毒が効かないんだっけ。確かトンパに毒じゃ死なないとかそんなこと言ってたなぁ。ということはこのジュースを欲しいと言ってるキルアにあげれば処分は完了ということになる。よかった!問題解決!
飲むの飲まないの?と再び聞いてきたキルアに飲まないからと笑顔であげれば「わかっててやってんならアンタ案外えげつないね」と言われたのでそのまま私は何も知らないフリをした純粋な笑顔で通した。


*


きた。漸くお待ちかねのゴン達がエレベーターから降りてきたのを確認する。もうそろそろだ、と心臓が早く動き始めるのを感じた。もし失敗したら私の腕が消えるかもしれない。うわあ…縁起でもないこと想像するんじゃなかった……。ブンブンと頭を横に振って想像してしまったグロテスクな光景を脳内から振り払い、ゴン達、ヒソカ、トンパと順番に様子を伺った。ゴン達は会場を見回していて、ヒソカは壁に寄り掛かっている。最初に動きを見せたのはゴン達を見てニヤリと笑ったトンパだった。私はトンパが動くのと同時にヒソカのほうに足を進める。わざとらしくないかとか、タイミングがずれてないかと距離が縮まる度に心臓の音が大きくなるように感じた。

――ドンッ!

両肩に何かがぶつかる。その何かはヒソカと、ヒソカにぶつかるはずだった男性なのだが。


「わっ!お二人ともすいません!しっかり前を見ていなくて…!!」


二人へ交互に頭を下げ、わざとらしい謝罪を述べる。もちろん私が最初に頭を下げたのはヒソカのほうだ。ガン飛ばしてくる男は怖くない。むしろ謝っている今でさえニコニコ(ニマニマ?)とした笑顔を貼り付けるヒソカのほうが怖い。それでも私が何度か謝ると男は今度からもっと気をつけろといってどこかへ言ってしまった。いや、本来なら助けてもらったお前は礼を言う側なんだからな?と思いながらもとりあえずありがとうございますと言っておいた。


「本当にすみませんでした…」
「いいよ。謝ったから許してあげる」


漫画であれば多分語尾にスペードだかダイヤだかそんな感じのが付いているんだろうが、話してるのを聞いているだけじゃ如何せんわからないものだな。許してくれたヒソカに内心で盛大に安堵の息を吐きつつ、表情はパッと明るい笑顔でお礼を言った。明るい笑顔といっても目元は見えてないんだけど。とにかく私がやることの一つは達成された。次は……ヌメーレ湿原である。今以上に緊張で死にそうになりそうだし、重い足を動かさなくてはいけなくなるのかと思うと憂鬱で仕方がないが、やるしかない。それじゃあ失礼します、とヒソカに告げてそくささとその場から立ち去ろうとすると後ろから独り言なのか、声を掛けられたのかわからないような言葉が聞こえた。


「キミの頑張りを尊重して、あの男は生かしてあげるよ」


……私はまたいらないフラグを立ててしまったのかもしれない。

監視しましょ、そうしましょ

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テーマ「人外ファンタジー」
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