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私がしっかり三時間、堅をできるようになったのは、一ヶ月と三週間後の話である。



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いつものように筋トレをやらされるのかと思いきや、カイトと組み手をしろと言われた。組み手なら筋トレより時間も掛からないだろうが、青痣とか生傷が確実に増える。だから組み手より筋トレのほうがよかった。カイトからもなんで俺まで、なんて視線もらわなくて済んだだろうし。


*


カイトは私の手首を掴むとその手首を翻し、体勢を崩してぐらりと揺れた私の足を払った。身体が反転して少し赤い空が真正面に見える。倒れかける私に止めの一撃を喰らわせようとするカイトの足首に、捕まっている手とは反対の手を伸ばし、こちらも強く握った。それから私のほうへと寄せると、カイトの身体がまるで風船かのようにふわりと浮かぶ。驚きで一瞬、私を掴んでいたカイトの力が緩んだのを感じ、この機会を逃すまいと私は払うように手首を解放させた。次の瞬間、まるで風船だったカイトの身体は鈍い音を立てながら地面へと伏した。


「よっしゃあ!」


一緒に倒れてしまったものの、カイトは今指一本動かすのも辛い状態なため、今回の組み手は私の勝利である。実を言うとカイトに勝ったのはこれが初めて――ジンさんに勝ったことがあるかどうかは言わずともわかるだろうが――だった。だから悔しそうに視線だけをこちらに向けるカイトは私が嬉しそうにガッツポーズと声を上げた訳をちゃんと理解してくれているだろう。

嬉しい、が余韻に浸ることはなく、パッと身体を起こし立ち上がり、未だに仰向けのままのカイトに手を差し伸べると、カイトは何か言いたげな表情を向けながらも無言で私の手を取った。もう“重力崩壊(リトルクラッシャー)”はカイトに効いていない。しかし急に重力が変わったからだろう、足元が少しふらついているように見えた。


「……念を使うってのはルール違反じゃないのか」
「ジンさんから許可出てるから違反にはならないでしょ」


そう、ジンさんから許可が下りてるのだ。組み手を始める直前、私にだけ見える位置でピンッと人差し指を立てて空を指すジンさん。この状態を見たら必ず凝をすることになっており、反応が遅れたらペナルティがある。たしか原作だとゴンとキルアで遅かったほうがペナルティを受けていたが、ジンさんがそんな甘いわけがない。二人とも反応が遅れれば二人ともペナルティだ。それのおかげというか、それのせいというか、とにかくそれで凝が上手くはなったのでよかったとは思う。

癖になってしまった凝をするといつもなら記号や数字、生物名などが多いのに、それとは違い『念能力を使え』と書かれてあった。なんのことだと首を小さく傾げていると『カイトには内緒だ』と書き換えられ、それで納得した。そもそも念能力を使うと堅や硬を使ったときよりペナルティの量が多くなるので私は最初のうちに使わない努力をした。もっと別のことに力を注げと言っていたカイトならもちろん知っているだろうが。

カイトは先程まで私に向けていた細い目を驚きのせいか、若干大きく開いてジンさんを見た。一言二言言いそうな雰囲気だが、念能力を使っていいなんて聞いてない、と言いたいのは言わずともわかる。


「ナマエは許可したけどカイトは許可してないから言わなくてもよかっただろ」
「…でも教えられないってのはフェアじゃないですよ」
「非念能力者と思ってたら実は念能力者でしたっていう敵とやることなって負けてもフェアじゃないとお前は言えるか?」
「言え、ませんけど」
「そうだよなーだから今回はカイトの負け」


じゃ、腹筋1500回。とジンさんに言われ、不満そうだが黙って腹筋の体勢に入るカイト。フェアじゃないと言われるとたしかにそうだよなぁ、なんて考えてしまって、なんだかカイトが可哀想に見えてきた…。腹筋を始めたカイトを体操座りで眺めようと腰を下ろすとパチリ、ジンさんと目が合う。


「やっぱり重力の扱いに慣れてきたみたいだな」
「そりゃあ、あんだけ家具が色んな重さにされてたら慣れるに決まってるじゃないですか……」
「そういうわりにはたまに間違えてるみてぇだけどな」
「……そのうちちゃんとできるようになります」


あの日、ゾルディック家へ行って帰ってきてから、侵食するように段々と家具が重くなっていった。最初は私とカイトの箸。重すぎてご飯食べるだけなのに指が筋肉痛になった。軽いもので50キログラム、重いもので1トン、とかなり規格外だ。よく使うものを特に重くしているのはきっとわざとに違いない。私とカイトがこの重さの変化に最初戸惑ったのはもちろんだが、私もカイトもジンさんが戸惑っている姿は見ていない。あの人は今までどおり普通に生活していた。もしかしてジンさんが使っているものは念字が書かれていないんじゃ……と考えたが、そんなことなかった。何度思えばいいのかわからないが、何度も思ってしまうほどジンさんは人間じゃない。


「で、ナマエ」
「はい?」
「お前は腕立て1000回」
「なんで――」
「念能力無しなら完全にお前が負けてたし、何よりフェアじゃないだろ?」


胡散臭い爽やかな笑顔は有無を言わせず、あるはずのない圧力を感じる。「勝ったご褒美でカイトより500回少ないぞ」なんて笑顔と言葉なんかじゃ私は騙されなんかしないぞ。


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