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鈍く重い音を発しながら開いた扉の数字は4だった。



145



「この扉ってどんくらい重さあんだ?」


ゼブロと名乗っていた男に話しかければ一度びくりと身体を揺らし「ええっと」と歯切れの悪い言葉しか返ってこなかった。ここの情報を与えていいのか、それともこの扉の重さは情報のうちに入るのか、そんなことを考えているんだろうか。相手の心がわかるわけでもないから確認方法はないが、この重さを知らないまま帰ってしまうとナマエがここを開けた意味が全くなくなってしまう。…それは怒るだろうなぁ。


「一の扉が両方で4トン、扉の数が増えるごとに重さは倍になる」
「ゼノ様…!?」


反対側二人の気配に気付いてはいたが、ゼブロの対応からすると相手は執事ではないと予想ができた。扉の向こうから聞こえてきた声を辿って視線を動かせば、年老いた爺さんと眼鏡にスーツの黒い男が立っていた。二人の格好の差とかそういうものじゃなくて、一目見ればその洗練されたオーラでわかる。爺さんのほうがこのゾルディックという名を持った者に違いない。しかし見た目の年齢を考えると前当主、まだまだ現役なら当主もありえるが、そんな人物がここに出てくるのは少しばかり意外で、伝説なんて称されるのだから誰か一人でも拝めたらラッキーなんて軽い気持ちだったから尚更驚いた。

にしても、4の扉ってことは………32トン、か。ナマエにしてはよくやったと思うけど練の状態でやったんだからあと一つ上を開けたかったな。ま、戻ったらまたしっかり鍛えてやればいいか。扉を開けた本人はなんかまたごにょごにょ嘆いてるがまあ理由は聞かないでおいてやろう。


「おぬしらの目的はなんじゃ?」
「あ?目的?そいつにも言ったけど、ここの扉を開けたかっただけだっての」
「本当だったのか…?」


先程から黙っていたスーツの男――おそらく執事だろう――が、半信半疑、というよりは呆れ気味に口を開いた。そういえばゼブロがどこかに連絡を入れてたな…あの男にだったのか。本当も何も、もし俺がここを襲うとしたら嘘でもこんなことを言うほど馬鹿じゃない。むしろ連絡も入れず声も掛けずに正々堂々と正面から扉を蹴破る勢いだ。


「鍛えようと思ってもこれほど重いもんってのは普通ないだろ。なんかないかって考えた結果、噂で聞いたこのゾルディックの門を思い出して今に至るってわけだ」


念能力に関することは伏せつつ本当のことを話せば、爺さんは「ほうほう」と面白そうに話を聞いていた。一般人であればきっとゾルディックを修行目的に使う奴なんていないだろうからその反応も頷ける。


「ふむ、重いものと言えばおぬしらのとこの家具は全て重くしておるじゃろう」
「はい。椅子や湯呑み、箸なども全て重くなっております」


その口ぶりからすると多少重い程度、ではないだろう。例えで箸を出すくらいだ。持ち上げるのもきついのかもしれない。オーダーメイドだったら是非その店を紹介してほしいものだが、材料をいくら重いものにしてもそれは難しい注文なためその可能性は薄い。そうこう考えていると恐る恐るナマエが口を開いた。


「……普通それってありえない、ですよね?どんなに重くても限度があるし」
「そうですね」
「じゃが、我々には念がある。おぬしは念字というものを知っておるか?」


あっそういえばそうだった。
ポンッと手を叩いて思い出した素振りをするとカイトとナマエから痛い視線をいただいた。俺だって人間なんだから忘れることもあんだよ!いやーうっかりうっかり。たしかに念字でやっているとなれば話は可能だ。帰ったら試しにナマエの箸でも重くしてみるかな。ついでに二人に教えよう。帰った後の計画を考えているうちにいつの間にか爺さんとナマエの会話が進んでいて一番重い湯呑み――500キロあるらしい――を一つ貰うという話になっていた。そんな、申し訳ないですよ…!なんておどおどしながら断っているナマエの姿は爺さん達からすると遠慮しているように見えるだろうが、あいつは本気でいらないと思っているだろうな。「帰り道いい修行になるから貰っとけよ」とわざと言ってみたり。そのとき振り向いたナマエの目が本気で人を殺す目だったのは俺の後ろにいたカイトくらいしか気付いていないだろう。


*


「重いよぉ…」


泣きそうな声で呟くナマエは結局貰う羽目になった湯呑みを抱えていた。初めて会った頃なら確実に持てなかったであろう重さを今持っていると思うと、修行の成果が出てるなぁ、俺すごい。という気持ちになってくる。修行を見てやってる俺すごい。


「ナマエ…自分の念能力の存在忘れてるのか?」
「いや、覚えてるよさすがに!だけどまだ中途半端なわけだし、そもそも帰り道いい修行になるってお師匠様がおっしゃったから念能力なんて使えるわけないですし?」
「…あ?俺のせいかよ」


カイトが的確な質問をナマエに投げ掛けたと思えば、まさか俺に対する嫌味が飛んでくるとは。当然念能力を使わせる気はないが、この様子だともう少ししたらなんだかんだでナマエに甘いカイトが持つのを代わってやるに違いない。それくらいは大目に見てやろう。優しいなぁ、俺ってば!そういえばカイトにあの扉を開けさせるのを忘れてたが、ナマエが4まで開けたんだから6までは確実に開けれるだろうし、7もまあいけるか?またいつか機会があれば開けに行かせるかな。


『また出たんだとよ、連続殺人鬼』


誰かが噂をしている声がどこからか聞こえる。街に出ると一度は耳にする連続殺人鬼の話題。人を殺して何が楽しいのか、俺にはこれっぽっちも理解できないし、関係のない話だからあまり気にしていないが、連続殺人鬼の出処は俺がカイトのハンター試験を申し込んだところで、流星街の隣の街だといつだったか聞いた気がする。たしかあそこは犯人が捕まったと言っていたはずだが、こうやって続いているということはその犯人だと思って捕まえた人物は本物ではなかったんだろう。

先程まで重いだのなんだの嘆いていたナマエが急に黙ったため、目線だけを動かしてみれば、緩かった表情が一変していた。連続殺人鬼に怖がっているような表情ではない別の表情で、それが何を意味しているのかはわからない。ただ、ナマエをそうさせる何かが連続殺人鬼にはあるということはわかった。

数秒、ナマエの表情を見て、結局俺はそのことに触れないことにした。


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