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脚に重石を付けられてさらには背後からあのイノシシが追いかけてくるのだからもう死んだかと思った。夢だったけど。



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起きたら脚は完全に復活していた。嬉しい反面、ちょっと残念。今日もまた同じ内容なんだろう。できずに気絶したのならともかく、できて気絶したのだからあのジンさんが内容を変更することはない。一日で身体が慣れるわけがないから今日も脚が死ぬ可能性は高いが、もうあんな目に遭うのは嫌なので昨日必要性を感じなかった柔軟を真面目に取り組むことにした。


「ぐえっ」


取り組むことにしたのだが、相変わらず手加減なしのおかげで内臓が出そうだ。思わず蛙が潰れたかのような色気のない声が漏れる。何か言いたげにジンさんが見ているが悲鳴とも言い難い声以外は一言も言っていないのだからこれくらい許してほしい。昨日の私なら死ぬとかやばいとかもう無理だとかそこらへんの言葉を口にしていただろう。まあ、全部自分のためにやってるんだから普通は文句を言わないのが当然なんだけど。

柔軟が終わって、ここからが地獄の始まりだった。脚は確かに復活していたが昨日はいつもの倍の筋トレ量でやったのだから全身筋肉痛で脚がどうこう言っている問題じゃなかった。私もそれなりに(というかかなり)鍛えているから言うほどひどくはなくて、なんかこう、あ、筋肉痛だなあ…くらいの微妙な痛さだが、この筋肉痛が筋トレをやってるときにじわじわときつさを増やしていく。そのせいで今日は腕立ての途中で一度倒れてしまい、最初からのカウントになった(合計何回したかなんて覚えていない)。


「今日は気絶すんなよ」
「……はい」


すでに昼過ぎだが漸く午前の筋トレが終わって昼食も食べ終わり、昨日の“一時間止まることなく全力疾走”の時間がやってきてしまった。昨日より今日のほうが身体ズタボロなのに大丈夫なのかと心底不安である。はいとか返事したけど実際自信ない。


「おらおら、昨日より遅ぇぞー」


隙あらば石を投げようとしているジンさんは手の中でコロコロと石を遊ばせていた。その姿を確認したのは死にかけの今の自分じゃなくてまだ余裕があったかなり前の自分だ。ちなみに私は今日も一言も喋れない。このまま気絶できればどんなに楽かと逃げ道を考えてはみるが昨日で既に要領を得てしまったのか、気絶しそうなほど意識が朦朧とすることはなかった。要領や状況判断が異常によくなったのはジンさんのおかげというべきか、ジンさんのせいというべきか。嬉しいことではあるがそれを得た環境や方法があれなので素直に喜べなかった。


「ほい、終了」
「………」
「ま、昨日よりかは目も死んでねぇし上出来だな」


倒れ込んだ私は腕の力だけで身体を支える。走り込みに関係のないその腕さえも震えていた。そんな私を見てジンさんは何か思ったのか一瞬考える仕草をしてから「脚しっかり解しとけ。足裏もな」と言うと小屋のほうへ戻ってしまった。ポツリとその場に残された私はできれば動きたくないがジンさんにああ言われてしまっては動きたくないものも動かなくてはならない。『どっこいしょ』とか『よっこらしょ』とか定番の言葉は口にすることもせず無言で体勢を変えた。昨日と同じように太腿やふくらはぎをマッサージすることにしたが思うように指に力が入らない。むしろこのせいで親指が疲れてしまいそうだ。

まともにマッサージができていないから脚の疲れが取れているとは思わないが、時間を掛けてやっていたため体のほうの疲れが取れた。呼吸も大分いつも通りだし、震えも止まっている。


「ほら、水飲め」
「……ありがとうございます」
「その様子だと疲れは結構取れたみたいだな」
「なんとか、って感じですね」


タイミングよく戻ってきたジンさんから苦笑いで水を受け取った。多分このタイミングは偶然じゃないんだろうなあ、と思いながら水を飲むと冷たいそれが喉を通るのを感じた。ほんと、なんだかんだでジンさんには頭が下がる。


「体力はやっと及第点ってとこだな」
「これで及第点…」
「それでもまだ全然だからな」
「……頑張ります」


基準がどういったものなのかわからないが、ジンさんの基準はジンさんが元だろうからまずそこに辿り着けるとは思っていない。だってカイトでさえ辿り着いてないんだろうしね?立てるかと訊かれて昨日とは違いなんとか立てた私にジンさんは満足そうに頷いた。


「じゃ、次行くか!」


わかってたけど笑顔が眩しすぎて泣きたい。


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