Optimist | ナノ

飴と鞭の使い方がお上手なことで。



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三途の川が見えそうになった頃、やっとのことで午前の内容をし終えた。最近になって漸く昼食をカイト達と一緒に食べるまでに追い付いてたのに今日はそれよりも三時間は確実にオーバーしてる。昼食というより三時のおやつ気分だ。


「ま、予想通りっちゃ予想通りだな」
「っよ、そ…ひゅー、…ど、おえっ」
「おいおい、ゆっくり喋れよ」


予想通りってどういう意味ですかと言おうとしたが話せるわけがなかった。息は荒いし、喉はひゅーひゅー鳴いてるし、さらに口内はカラカラでえずいてしまう。立つどころか座るのさえ儘ならない私は修行中だったであろうカイトに支えられていた。心配の欠片もないジンさんに比べてカイトはえずき咳込む私を見かねて背中を擦ってくれるんだから涙が出そうだよ…カイトあんたって子は…。

私が午前はこれくらいで終わらせるだろうと予想していたジンさんだが、ここまで私が死ぬとは思ってもいなかったらしい。午後は内容を少し変更すると言い出した。しかし変更も何も私は倍にすると言うこと以外聞いてなかったのでてっきりいつもの内容が倍になるだけかと思っていたがそうではないらしい。


「飯食った後はスクワットからじゃなくて走り込みからな。…ナマエが喜ぶ内容かはわからねぇけど」
「…はい」


まさかスクワットからじゃないとは!と、喜んで顔を上げたがそれを見たジンさんによって現実に引き戻される。喜ぶ内容かはってことは多分普通の走り込みじゃないんだろう。どんな内容ですかと訊きたいが今はとりあえず身体を休ませるのが先だった。なんとかカイトの支えなしでも大丈夫になり、一人椅子に座る。相変わらず食卓に並べられているのは胃が悲鳴を上げそうな量で、今の私にそれを平らげる余裕はない。肉の匂いでさらに吐き気を催しそうだ。

いつになったらまともに家事ができるのか、先は長い。当番制でやっている家事だが最初の頃は私が修行でへろへろになっていたためジンさんとカイトが二人で回していた。修行にほんの少しでも余裕ができると手伝うようにしていたが、それを余裕ができたという合図だと思っているジンさんは次の日から修行の量を少し増やすのだから長く続くわけもなく一日で終わってしまうのだった。


*


ガクガクとする脚を叱咤したいが大声は出ない。否、出せるわけがない。今にも足がもつれて転んでしまいそうだった。午後一発目は普段より短い一時間の走り込みだった。最初の予定では一時間半だったらしいが私の様子を見て短くしただとか。それでも普段より短いのだから驚いたのは言うまでもない。が、昼食前に言われた言葉を忘れていたわけではないので喜ぶことはしなかった。当然、その一時間の内容を聞いて喜ぶこともしなかった。『一時間、止まることなく全力疾走しろ』とさも簡単なことのように言うジンさんに眩暈がした。今までの走り込みは手を抜きはしないがギリギリの体力で走れというもので、二時間、マラソンをしているような感覚でよかった。それでもきついことに変わりはないけど。なのに全力で疾走って、全力で一時間って。


「ナマエー、ペース落ちてんぞー」


追い掛けてくる形で後ろを走るジンさんから声が掛かる。返事をする暇なんてあるわけがない。どうしてあの人はあんなにも涼しげな顔をしているのか私には理解できなかった。


「あとたった五分だぞー、頑張れー」


たった五分、されど五分。今の私にはその五分どころか一分でさえも長く感じてもどかしい。短い呼吸しかできず脳に酸素がしっかりといってないのか、朦朧とした意識でただただ走り続けた。
待ちに待ったジンさんの「はい、一時間」と言う言葉に、私はまるでプツンと糸が切れたようにその場に倒れ込む。意図的じゃない。先程まで走っていたはずの脚なのに、力が入らないのだ。ジンさんはそんな私を笑いながら見るくせに、汗だくの私の頭を「えらいえらい」と撫でるのだから悔しくて、何故か少し胸がむず痒かった。


「一応聞いとくが、ナマエ立てるか?」
「………」
「あー、だよな」


声が出ない代わりに首を振れば、ジンさんはわかってたと言わんばかりにガシガシと自分の頭を掻いた。ならばどうするのか、と訊かずとも何度も経験している私はわかる。ひょいっと空の段ボールを持ち上げるかのごとく私を抱きかかえたジンさんに、今更私も恥ずかしいとは思わなかった。


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