無意識に
※サクセラとガミホタ前提
交代の合図が聞こえ、汗を拭う。
交代したメンバーたちが地面を蹴る音と、コーチたちの声を聞きながら、俺はふうと息をはいた。
疲労した足でゆっくり歩を進めていると、
「堺さーん。」
「?………なんだ、ガミかよ。」
「お疲れっすー。」
「ああ。なんだよ?」
ガミがやけに機嫌が良いようなので、俺は怪訝な顔をする。
「やー、俺って幸せだと思って。」
「は?」
「料理とか掃除とか。俺は整理整頓苦手だから、非常に助かるんだよね。」
「何の話だ。」
「やだなぁ堺さん、のろけだよのろけ。」
「………堀田か。」
俺が言うと、正解、とガミはにやけた顔で言った。
こんな一方的なのろけがあるのかと、俺は呆れる。そしてそのまま歩き出すが、ガミは俺の横に並び、一人で喋りだす。
「昨日さ、堀田がうちに来てくれて。」
「……俺が聞く耳持たないと思わないのか。」
「部屋片付けてくれたんだよー。俺、物捨てられないからごっちゃごちゃだったんだけど。」
「思わないんだな。」
「堀田ってほんといつでも嫁に行けると思うんだよねぇ。」
「…………。」
俺が聞いていようがいまいが、どうでもいいのか。
口を挟むのを諦め、俺はピッチの上を駆ける選手たちを見る。
するとガミも同じように立ち止まった。
監督の指示がピッチ上へ飛ぶのが聞こえる。それを聞き、声を掛け合う選手たち。しかしそれをこうして眺めているのは、何だか気持ちが悪かった。
先程まで自分もあそこにいたが、身体が疼くような感覚を覚えた。
今は身体を休める時間なのだとは分かっているが、やはりあの場所で走っていたい。
そんなことを考えていると、隣に立っていたガミが気の抜の抜けた顔でへらりと笑い、
「あー、堀田が走ってるー。かっこいーなぁ。」
視線の先には堀田がいるに違いない。俺は何度目かの溜め息を漏らした。
「お前な……。見るところ違うだろ。」
「え?だって、好きな人って無意識に見ちゃうのが普通じゃない?」
ガミは心底不思議そうに言い、俺の顔を覗き込んだ。
「視界の中に堀田くんがいたら、見ちゃうよ。雑踏の中に紛れてたって、俺見つけられるはず。」
「すげえ自信だな。」
「うん。好きだから。」
晴れやかな笑顔で、ガミは頷いた。
「で。」
「………あ?」
一転、人の悪い笑みを浮かべたガミに、俺は戸惑う。
「堺さんはどうなのさー?人のこと言えないんじゃない?」
「何のことだよ。」
俺がふいと顔を逸らすと、ガミは更に俺の顔を覗き込む。
眉間の皺が深くなるのを感じながら、それでも俺は平静を装う。
しかしガミはにやにや笑いながら、俺の袖を指でつまんで、ちょいちょいと軽く引いた。
「世良のことですよー、堺せんぱぁい。」
わざとらしいガミの甘え声に、俺は不快感を露にする。
「は?何言ってんだよ。」
「今更しらばっくれなくても良いのに。堺さんと世良のことなんか、もうバレバレなんだから。」
う、と俺は口ごもる。ガミが言うことは、確かに正しい。俺が否定しようがどうしようが、ほとんど意味はない。
それもこれも、俺への感情が駄々漏れの、世良のバカのせいだ。受け入れてしまった俺にも責任があるのかもしれないが、とにかく世良のせいだ。
「…………。」
俺が黙ったままでいると、ガミはまたへらりと笑い、
「堺さんもさ、無意識に世良のこと見てるんでしょ。」
「……はっ、んなわけ」
「あるんだよねー。」
ガミに言われ、俺は怪訝な顔をした。世良ならともかく、自分はそんなことない、はず。そんな、特別な感情をここに持ち込むなんて。
「どういう……」
「あ、やっぱり無意識なんだあー。」
「は?」
拒絶するように言った俺を、ガミはまっすぐに見上げる。感情の読めない瞳に、俺は何故か気圧されるように黙り込んだ。
「堺さんてさ、こーいう空き時間もよくみんなのこと観察してるよね。」
「………まぁ、な。」
「凄いなって思うけどさ、」
「何だ。」
「世良見てるんだよね。圧倒的に。」
「まさか、」
「そうなんだよ。」
ガミは変わらず俺を見つめ続ける。ガラス玉にでも見つめられている気がして、少し背中が冷たくなる。逃げるように視線を逸らして、俺はゆっくり口を開いた。
「………同じ、ポジションだし。」
「ボールがそこになくても?」
「その時なくても、いつ来ても良いように。待つ姿勢だって大事だ。」
「ゲーム形式じゃなくても?」
「それは、………」
俺はどう言葉を続けたら良いのか、分からなくなった。
そんな俺を見て、ガミは先程までの無表情な顔を解き、にっと笑った。
「堺さん。言い訳しても無駄なんだって。」
「言い訳、なんて。」
「そういうの。………認めちゃったら、楽なのに。」
「……認める………。」
ガミの言葉を反芻し、俺は再びピッチの上を眺める。
視線の先には、茶色い頭をふわふわさせたチビがいる。見つけるまで、数秒もかからなかった。
無意識に、追っているのだ。俺は。
本当は、ガミに言われなくても分かってる。
口に、態度に出さないだけで。………いや、自分では気付かぬうちに態度には出てしまっていたのか?
「堺さん?言い方、悪かったかな。………開き直ればいいんだよ。」
「お前は………っ」
俺は眉を寄せ、ガミを見る。相変わらず悪びれた様子すらないガミは、きょとんとして俺を見返してきた。
俺は小さく息を吐き、言葉の続きを口にする。
「お前は、俺に、世良のことが好きだとかずっと見てるとか、そういうことを四六時中言えって言うのか。」
「えー。でもそんなん堺さんのキャラじゃなーい。」
肩を竦めたガミを見て、俺のこめかみに青筋が浮く。
「大体な、お前から一方的にのろけといて、何で俺に話を振るんだ。」
「面白そうだったから。」
ガミの簡潔な発言に、俺の怒りは限界を超えた。元々閾値は高くない。
「は?別に俺は、意識してなんかねえよ。あいつはなんつーか、ほっとけねえだけだ。」
「一人にしとくと心配?」
「そうだよ!だから俺が、」
途中まで言いかけて、はっとして口元を押さえた。
しかし、時既に遅く。
「やっぱ好きなんじゃん。」
ガミがにやりと笑う。
とたんに俺の顔が熱くなる。怒りと羞恥、両方で。
「てめ、ガミ………ハメやがったな。」
「別にー?そんな気は全くなかったよ?」
「チッ………白々しく言いやがって。」
歯噛みしてガミを睨むが、奴がこたえていないことは明らかだった。
「あはははー。堺さん、かわいーよ?」
「……っるせ。」
これ以上の発言は身を滅ぼすばかりだろう。俺はそのまま口をつぐんだ。
「あ、堀田お疲れぇー。」
「どーも。あれ、堺さんどうしたんですか?怖い顔して。」
「しっ。堀田くん、あと3秒待って。」
「?」
「…………。」
「………さーかいさーん!」
「お、世良。」
「堺さん、今見てくれてました!?すっげイイシュートだったでしょ!?」
「うるせえ。見てねえよ、んなもん。」
「!?………そ、そんなっ」
「………大体な、世良。あれは間に合ったからいいものの、もう一枚いたら完全にやられてただろ。」
「え……」
「あそこでもう少し早く……」
「…………。」
「堺さん、見てるね。」
「見てるでしょ。」
「そして聞こえてないね。」
「うん、聞こえてないね。」
「二人の世界だなぁ………。」
「勿論。………堺さんは、世良のこと大好きだからね。」
END.