命も存在も時間も永遠に続くんだ、そう言っていた人がいた。団長のことだ。
団長はいつも小難しい、シュールレアリスムのような題名の本を読んでいたから、きっとその中の文句の一つに違いないと、私は見当を付けている。

彼は時々、それらからすくい上げた言葉の一つを、私にくれる。
くれる、と言ったらそれはきっと私の甚だしい思い上がりなのだけれど、でも私はこっそりそれらの言葉をもらったことにして、時々その表面をそっと撫でては彼の声を頭で響かせるのだ。

私は彼からもらったその言葉そのものしか知らない。前後の文脈や筆者の考えや解説だって読んでいないのだから、その言葉が真実かどうかもわからないし、意味さえ推測することしかできない。宗教か、哲学か、はたまた素人の詩か。
今となっては尋ねることはできないけれど、でも、答えを知るチャンスは目の前にあった。半透明のブルーを、落下する。体、溶け出すように、わたしの。

「(深い、落ちる、ずっとずっと、落下する。ああでもなんて、)」

なんてきれいなところなの、つぶやいた言葉は水中さながら泡という形となってゆっくりと頭上へ流れていく。古い外国映画のタイムスリップするシーンをスローで再生したように、時間の流れは極めて緩慢である。
揺らぐ衣装は普段通りの高級ブランドだ。世界に5着しかないプラダのジャケット。ボディラインが美しく出るタイトなスカート。エナメルの光沢が目に痛いほど磨かれていたハイヒール。しかし、今や泥まみれで光ひとつ反射しない。履き換える暇だって惜しかったのだから仕方がないのだけれど、なんだか少し残念な気がした。

ここは輪廻の輪なのかもしれない。ジワリと胸が熱くなった。鎖で潰された心臓から血液が出ているのかと思ったが、意外なことに、プラダのジャケットもその下の皮膚も無傷のままで、熱を持っていたのは皮膚の更に下らしかった。
さみしいなあ、私にしては珍しく子供に戻ったような心持ちになった。もっと一緒に居たかったなあ。団長の声をもっと聞いていたかったなあ。マチとショッピングに出掛けたかったなあ。シズクに化粧を教えたかったなあ。もっともっとたくさん会話をすればよかったなあ。そんなことが、ぽろぽろ際限なくこぼれおちてくる。

「(ほんとうに、)」

「(くだらないそんなことを思うわ。)」

「(でも、)」

「(くだらないって、)」

「(誰が笑うんだろう。)」

「(こんな辺境で。)」

くすくす、腹の内側が急にくすぐったくなって、仕舞いに笑いだした。何がおかしかったのか自分でもわからなかったが、脇腹がむずむずして押さえきれない。誰にも後ろ指刺されず思い切り笑ってみたかったのかもしれない。
くすくす。くすくす。
腹部を痙攣させるたびに空気は口から飛び出して上へ上へと流れていく。苦しくはない。笑いすぎたせいで腹筋が窮屈に感じたが、しかし苦しいことは全くない。だからずっとずっと、安心して笑い続けることができるのだ。

これから命は繰り返すのだ。このブルーの先の先に、きっと新しい私の人生が、体が、運命が用意されている、そんな気がする。
命も存在も時間も永遠に続くのならもう大丈夫。きっときっと大丈夫。
なにが大丈夫なのか解らないが、きっと全てがうまくいく。行く先にはハッピーエンドしかない。すべてすべて大丈夫。そう思った。

もちろん心残りはたくさんある。いろいろなことをしたかったんだ、他の誰でもない彼らと。マチとショッピングに出掛けたかった。シズクに化粧を教えたかった。団長にあの言葉の意味を聞いておきたかった。もっともっと、伝えたいことを伝えていればよかった。
しかし今、蜘蛛の一員だった私が言えることは一つしかないでしょう。

「どうせ死ぬんだったら、シャネルの超レアを着て来るんだったわ!」

くすくすくすくす。まったく面白くもないことでまた笑う。
半透明のブルーを、落下する。体、溶け出すように、わたしの。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -