清廉潔白、誰よりも他人を愛し、自分に厳しく、清潔者で、決して真実から目を逸らさず、気品に満ち、しかし傲り高ぶることをしない、そんな美徳をかき集めて作ったような人間ほど、真っ先に死んでいくような気がする。
だってそうじゃないか。
彼女はそこら辺にウヨウヨしている目の開いていないナメクジのような大多数の人間達より遥かに優れ、遥かに存在する価値があったのだ。
パクノダ。賢く誇り高い女。愛すべき仲間。あたしの友人。


「なんだか急に寂しくなったね。」

ウヴォーも、パクノダも。シズクは声の調子を落とさずそう付け足した。特に感情の波を感じられない、僅かに脳天気な普段通りの口調である。
しゃがんだ姿勢の目の前にある簡易な作りのパクノダの墓は、大量の蝋燭のせいで何かの宗教の祭壇のような形だったが、しかしそれら存在によって生前の彼女がどれだけ仲間から愛されていたかを伺い知ることができた。
シズクの方へ顔を上げると、彼女のメガネのレンズに蝋燭の炎が煌々と揺れているのが目に入った。不意に泣いているようにも見える光の加減だった。

あたしはなんとなくこの場に神聖で厳かな空気を感じ、珍しくあまりはっきりしない頭でその原因を探しだそうと、辺りに視線を漂わせる。
シズクの首から下がった十字架と蝋燭の灯りによるものなのかもしれない。教会に行ったことなど一度もないが、十字架と蝋燭、記憶の中の僅かな知識で、そう結論付けることにした。

「女の子は、私とマチだけになっちゃったね。」

シズクはじっと、様々な形の炎の中からパクノダの影を見つけだそうとしているかのように、ただ蝋燭だけを瞳に映してそう言った。
あたしも、もしかしたら、不意にそんな気がして、同じく蝋燭を見つめる。

「どうしてパクノダだったんだろうね。」

「占いには他にも死人が出るって書いてたのに。」

「どうしてパクノダだったんだろう。」

「どうしてあの日だったんだろう。」

「どうして私たちだったんだろう。」

どうしてどうして。
シズクのどうしては尽きることなく淡々と続く。
滞りなく続く幼い少女のような疑問に耳を傾けながら、あたしは眠りに入る直前のような感覚に馴染み始めていた。指先や踵や睫の先がすでに溶けてしまったように思う。実際にそんなことはないはずだが、シズクの淡々とした声を聞いていると、思考が溶解したように空気や蝋燭の炎やドアの隙間から洩れる日光に、じわじわ溶け込んでいく。

「どうしてどうしてどうして。」

どうしてどうしてどうして神様は。
言いかけて、何か妙なものを飲み込んだかと思うほど唐突にシズクは口を閉ざした。あたしは先を促すために彼女の方を見たが、俯いたきりなにも言わない。
どうして神様はパクノダを選んだんだろう。彼女はそう言いたかったに違いない。あたしだって誰より強くそう思うから、シズクが飲み込んだ言葉の先をいとも容易く読めてしまった。

「(どうしてどうして神様はそのへんの手足が付いた蛆虫みたいな奴らじゃなくてあのパクノダを、あの気位の高い女を、あの生きるべき価値のある女を、あの美しい女を、あの誇り高い女を、あの……、)」

蝋燭は揺れていた。風もないのに、幽霊のように絶えず揺れていた。
そこにいるの?言おうとして口を開くと、くちびるがお互いひっついてしまうほど乾燥していたので、ずるりと舌で舐めあげる。しかしすぐ様、そんな馬鹿なことを言うために口を開いたのか、と改めて思い直し、再びしっかりとくちびるを結んだ。

少し前から頭がはっきりとしない。憎しみやそれに近しい感覚が精神を蝕みつつあるのかもしれない。そんな感情は持つべきではないのだ。あたしたちはただの手足なのだから、きっと、持つべきではないのだ。

「私が代わればよかったのかな。」

私が仕事を代わってあげてれば、あの子は約束に間に合ったのかな、そんな調子でシズクは呟く。
馬鹿じゃないの、あたしは今度こそ口に出してそう言った。

「あんたは馬鹿よ。」

「うん、知ってるよ。」

「知ってるならなお馬鹿よ。」

「うん、そうみたいだね。」

右手だろうが左足だろうが手足は手足だもんね、僅かに困ったような眉の寄せ方をして彼女は笑った。
馬鹿じゃないの。大馬鹿よ、あんた。
頬をひっぱたいてやろうかという気になった。耳元で目いっぱい叫んでやろうかとも思った。しかしあたしは彼女の大きな黒い双眸をただ見上げるだけで、思ったようなことはどれもしなかった。喉の奥がツンと痛くて、声さえ出すのが億劫だ。

あたしたちはしばらくそのまま沈黙を守った。仮宿のそこかしこに空いた見えない隙間から、ステンドグラスをはめ込んだような橙色の光が差し込んできたので、あたしはもうじき日が暮れることを知る。
いつまでもこうしている訳にはいかない。生きているあたしには使命があるのだ。シズクにも。それが死という形であっても、文句を言うのは愚かなことなのだ。

「(それでもあたしは、馬鹿だな、って文句を言ってやりたい。)」

パクノダあんたは馬鹿だって、パクノダを選んだ神様も馬鹿だって、それを許す皆も馬鹿だって、耳を引っ張って頬を張り飛ばして泣きながら叫んでやりたいんだ。

蝋燭はやはり片時もとどまることなく揺れていた。それは日が傾き始めると、余計に怪しい宗教のような輝きを帯び始めたので、やはり墓を作り直すべきかとぼんやり思った。けれど、あたしは教会も、教会の墓も知らないので、どんなに頭をひねっても、正しい墓の作り方は滅法わからなかったのだ。




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