人間だれでもひとつくらい良いところがあると誰かが言っていました。けれど市にはなにひとつ良いところがありません。
時々市を誉めてくれる人はいましたが、そんな人は市が兄様の妹だから誉めてくれていたに違いないと、市は知っているのです。

でも長政様は違いました。長政様は兄様を好いてはいないし怖がってもいないのに、妹である市を誉めてくれました。
人間だれでもひとつくらい良いところがあると誰かは言っていましたが、長政様にはたくさんたくさん良いところがあります。きっとそういうひとが、市や他の人の良いところを持っていってしまったのだと思います。
だから長政様は家来や親族や友人、たくさんの人達に好かれています。市も長政様が大好きです。市にもしも良いところがあるとすれば、長政様を思う気持ちが日ノ本一であることかもしれません。

長政様の周りには今日もたくさんの人がいます。やさしかったり、強かったり、賢かったり、神様から良いところをたくさん貰えた人達です。
なにひとつ良いところを持っていない市は、その人たちのずっと後ろで長政様を呼ぶけれど、明るい笑い声に押されてついに気付いてもらえませんでした。
そういう時に市はとても悲しくなります。良いところを持った人たちに長政様を取られてしまったら、と思って心がつんと冷え切ります。もしそうなってしまったら、いいとこなしの市にはどうしたって勝てっこありません。なにせ、いいところがひとつもないのですから。

長政様の優しさにすくい上げられるように生きてきたのです。縋って、甘えて、付け入るようにです。長政様が市を嫌いになってしまったら、市がどんなに長政様を好きでいても、ふたりは一緒にいられなくなってしまいます。
それだけが、死んでしまいそうに悲しい。


良いところがたくさんある人の影から、市はまた長政様を呼びます。長政様は笑っています。周りの人達も笑っています。せめてその人達が長政様に話しかけないでくれたら、市の声も届いたのに。市に気付いてもらえたのに。
頭の奥の方から涙が溢れてきました。
長政様にはたくさん良いところがあるのだから、たくさんの人に好かれてしまうのも仕方のないことです。笑い声が絶えないのだって、おかしな道理はありません。市に良いところがないのがいけないのです。市がみんなより劣っているからいけないのです。でも。

「(市の大好きな長政様を、みんなが嫌いになればいいのに。)」

そう願ってしまう市は、まともな心まで神様が下さらなかったのだと思います。
でも市は、まともじゃない心のすべてで長政様を想っているよ。


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