ガチ、という固い音がこめかみの前で止まって、閉じていた瞼をそっと開く。なんだ。思っていたほど怖くない。まつげの間に、同じ顔をした女の子がくちびるをぐっと引き締めてこっちを見ている。命をおもちゃにした私は、下ろした黒い鉄砲と目の前の共犯者とを交互に見た。

「次は私。」

「うん。」

返事をしながら、彼女へ鉄砲を差し出す。次は彼女の番なのだ。明かりの灯らない和室に、障子越しのぼんやりとした光が入り込んで、胸の中に不思議な感覚がある。世界がこの狭い空間だけになってしまったみたい。

「これで死んでも。」

「後悔はしない。」

「なぜなら。」

「同じ人間は二人もいらないから。」

二人もいらない。イザ兄のそばにいるのはひとりでいい。私たちはひとり余計に生まれてきてしまったから、どちらかが死んでしまうべきなんだ。それが私たちの結論だった。

「それじゃあ五回目ね。」

「うん。」

「私が死んだら、あなたが生きるんだよ。」

うん、うん。そんなやりとりを一回目からずっと繰り返している。
知っているよ。私が死んだら、あなたが生きるんだよ。わかってるよ。死んじゃったら、ポケモンみたいに簡単に生き返れないんでしょ。知ってるよ。死んじゃったら、二度と会えないんでしょ。わかってるよ。
彼女のおでこは私と同じもののはずなのに、私よりもずっと白くてずっとずっと弱々しい気がして、そこにぴったり黒い鉄砲がくっつくと、硬さでひどく痛いんじゃないか、そう思って私のおでこにはしわが寄った。引き金に置く彼女の指にはためらいがない。まるで死んじゃいたいみたい。ぴちゃり、鉢の中の金魚が跳ねる音がした。

「……っ、」

短く息を吐く音がして、閉じられた彼女のまつげが開く。一瞬遅れて私も大きく瞬きをした。彼女のおでこは白いままで、そこには鉄砲を強く押しつけたわずかな跡が残るほか、傷や血らしいものは見あたらない。
彼女に残されたのは弾が入った穴と入っていない穴だから、二分の一。二分の一がこの子をそれたのだ。
彼女は安心したようながっかりしたような、はあ、という息を吐き出し、握りしめたままの鉄砲を睨む。突然肺がへこんだような息苦しさを感じた。気づかない内に、いつからか私は呼吸を止めていたようだった。

「次は私。」

「うん、」

ことんと頷く黒髪は重い銃を差し出してぎゅっと口を結ぶ。弾を込める穴は真ん中の部分に六つあった。分数のかけ算までできる私には、どれだけの確率で自分が死んでしまうかわかっている。けれども恐怖は掠めない。喉の奥が熱いのはさっき息を止めていたからで、それ以外の何物も原因ではなかった。
ごくり、唾を飲み込む音が畳のにおいのする部屋に大きく響いた。私のものではない。つやつや濡れた黒い目を持つ彼女の。ごくり。今度は私が唾を飲み込む番だった。けれどやはり、こめかみにあてられた金属の冷たさは私の肩をこわばらせはしなかった。

「それじゃあ六回目ね。」

「……うん。」

「私が死んだら、あなたが生きるんだよ。」

彼女からの返事はついに聞き取れないほどの大きさになってしまった。
気にはしない。だって、同じ人間はひとりでいい。おもちゃのような鉄砲ひとつあればいい。

ねぇ!静謐な部屋の空気をひっくり返す様な大きさで彼女が言った。

「やっぱりやめようよ!イザ兄の鉄砲使ったのばれちゃうよ!」

「怖いの?」

「怖くないよ。」

「でもほら、泣きそうな目をしてる。」

「怖くないよ!」

怖くないなんて、今にも泣き出しそうな顔で言われても信じられるわけがない。グリップを握る汗まみれの手のひらが、少しだけ彼女の頬を撫でることと迷った。どうしようもなく自分の役目が染み付いていて困る。けれども右手は相変わらず鉄砲に貼りついて、それを離すことはない。

「泣かないで。泣かないでよ。」

「ない、って、ないよっ……!」

泣いてないなんて言いながらボロボロ涙をこぼす彼女の黒髪を優しく梳いてあげたかった。右手がそわそわ落ち着きがなくなって、でもできない。ごめんね、心の中で謝ったって彼女の涙はとまらないし、口に出したところでこの子はもっと泣くだろう。

「こんなの、も、やめよっ!私、私が、やるか、ら……!」

嗚咽混じりの高い声は一層聞きづらくて、私はまた一層困ってしまう。
まったく泣き虫なんだから。
怖がりの泣き虫。意気地なしの臆病者。それが私とまったく同じ遺伝子を持ったこの少女なのだ。

「(そして慰めるのはいっつも私。)」

ねえ、イザ兄。イザ兄はきっと知らないけれど、私たち、全部同じじゃないんだよ。

「(ただひとり、あなたがそれを知ってくれればいいのにね。)」

私たちにひどい考えを植え付けたあなたが。
ひいひいぎゃあぎゃあ。まるで他人を気にしない大声で彼女が泣く。
私はもうすっかり風船のように気持ちがしぼんで、今まで体を満たしていたその空気を吐き出すように短いため息をつきながら、銃口を薄い光の透ける障子へと向けてトリガーを引いた。ぴちゃん、鉢の赤い金魚が跳ねる。本物そっくりのモデルガンからは何も出やしない。

やられた。なんて茶番だ。イザ兄め。
重たい鉄砲を放り投げて倒れ込むように畳に寝転がると、制服の袖で涙を拭く彼女が人懐っこい子猫のように私のそばに座り込んだ。泣いて泣いてエネルギーを使い尽くしたみたいにうなだれているから、私の位置からよく見える。大きなまん丸い目。私とおんなじ黒色の目。イザ兄とよく似た黒色の目。私が辛い時に泣いてくれる目。
じっと見つめる墨をこぼしたその色の中に、二人分の葬式代がもったいないよ、そう言うイザ兄の顔がぼやりと浮かんだ。

「(そう言われてしまったら、あなたを愛する私たちはただ生きていくしかないんだけれど。)」




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