なんだかつまらなくて寂しくてイライラして、一昨日何の前触れもなく突然顎に現れたニキビをいじくり回していた。汚らしい女だと彼女は思うだろうか。いや、思わないだろう。

「(だってさっきから彼女の瞳は矢霧くんを映してばかりだもの。)」

美香さんと矢霧誠二さんの間に、私が入り込む隙などない。物理的にも心理的にもだ。連理の枝のように絡まる2人の腕は、なにやら強固な呪詛でもかけられたのか、もしくは呪詛を成立させるための儀式であるかのように、強く強く絡まり合っている。

いたい。
ニキビをひっかきすぎてしまった。

「そうだっ!杏里ちゃんには話してなかったよねぇ、誠二さんにはお姉さんがいてね、すごく賢くてすごく美人ですごくスタイルの良い人なのっ!誠二さんのお家って有名な製薬会社を経営しててね、実質そこの社長さんなんだよ。とってもクールで素敵なんだー。」

「おいおい美香、俺そこまで姉さんの情報話してないだろ?」

「あはっ!もっと誠二さんのこと知りたくて、たくさんたくさん調べたの!」

キラキラしている。美香さんも、美香さんの声も周りの空気も。そして私の周りは真っ黒に淀んだ空気が重たくうごめいている。
嘘でも笑えたらいいのに。彼女の嫌みのない言葉一つ一つに好意を表す笑顔を投げかけられたなら、こんなに自分の陰鬱さを恨むことさえないのに。しかし私はやはりくちびるを結んだままで、美香さんの言葉に相づちすら打てないままだった。
いたい。ニキビがいたい。
触らなければ良かったのに、余計なことを。

「おもわれにきび。」

淀んで底の見えない沼に落ち込もうとしていた私に、星のかけらを振りまくような美香さんの笑顔がのぞき込んだ。
彼女はつつ、と自らの顎を指し、次にクリスタル製の透明な爪が、私の口元を指差す。

「おもわれにきびって言うんだよ。杏里ちゃん、想われちゃったねー。」

悪意の存在さえも知らないような笑顔が、粘着質な負の感情を纏う私に向けられる。
あんなに好きで、大切で大切で、大好きだった美香さんがとても憎らしくいやな人間に見えた。嫌みを言われたような気になって、悲しくて、腹が立って、涙が目尻にたまった。

「私、想われてなんかないですっ!」

美香さんだって知っているじゃないか。
誰も私のことなんて想ってない。好きじゃない。かといって、嫌われてもいない。空気と等しい存在なのだ。
あなたの前では空気じゃなかった。あなたの空気が私の薄っぺらい体や心や空気をきらきら光らせてくれたのに。二人一緒にいることが真理のように当たり前なことだったのに。なのに。

「私がいつも想ってるよ。」

いやー、杏里ちゃん想われちゃったねー、美香さんはクルクル笑いながらそう言って、別段良いことを言ったようでもない、いつも通りの表情になった。彼女の手のひらがあやすように私の頭を数度撫で、私はついに溢れた涙が頬をぬらして流れるのが恥ずかしくて、背中を丸めるようにうつむく。

「美香は園原のこといつも想ってるよ。今日は浮かない顔をしてるから何かあったのかな、とか、肌が荒れているけど体調が悪いのかな、とか。」

「あはは、改めて言われると、なんか照れちゃう。」

泣かないでよぅ杏里ちゃん、うつむく私の頭上から、切なくなるほど優しい美香さんの声が、光のかけらのように降りかかった。
胸が詰まって喉が痛んで睫の先から滴が落ちる。

「(うそ、うそうそ、うそつき。)」

美香さんは嘘つきだ。美香さんは矢霧くんを一番に想っているじゃないか。美香さんは間違っているんだ。
そう思うのに、欲深い私の心臓はうれしいうれしいと跳ね回り、一層視界があわあわ揺れる。頭にそっと乗せられた彼女の手のひらは優しくあやすように動く。
痛い。ニキビが痛い。心臓の鼓動に合わせて傷が脈打つ。皮膚の上を滑った滴が、顎のあたりを伝ってこそばゆく感じた。傷口の上に留まった水滴は肌の下の赤い内側にしみていく。痛い。いたいいたい。けれど、彼女が私を覚えている証拠であるなら、ずっとそこにあればいい。

「(この淡い傷口が一生存在していればいいのに。)」

共鳴するように赤い傷が熱を放つ。そこからじわじわ溶けていくかのように、針の先ほどの傷が体中に広がっていく熱い感覚がした。それならいい。いっその事そうなってくれたらいい。それほど彼女が私を想ってくれて、私が痛みで死んでしまうほど傷を大きくしてくれたらいいのに。
美香さんは私の頭をまだ撫で続けている。赤い傷が痛くなる。どうかそのままあなたの優しさで私を傷だらけにしてください。私をころしてください。じっと、赤いものに浸食されていく自分を想像した。
頭上を滑らかに行き来する柔らかい手は、やはり悪意の存在さえ知らない優しい暖かさを持っている。

私はその手に癒やされ、ころされるのだ。




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