雑誌の中にはいつも色が白くて足の細い女がいる。世界中どこの雑誌でもそれは同じことだろう。
貼り付けた笑顔の女が様々な服を着てポーズをとり、それを冷めた眼差しで見る私に、媚びを売るように投げキッスを送っている。仰向けになりながら、もうすっかりくたくたになった雑誌を読むともなく眺めていると、季節はずれのブーツを履いた女の、たいして美人でもないのに内面の生意気さがにじみ出ている笑顔が妙に気に入らなくなって、乱暴に閉じた。

つまらない。放るように雑誌を床に置く。ここでは最新のファッション雑誌さえなかなか手に入らないので、ずいぶんと前に首都で購入したそれは、粗悪なフリーペーパーのようにくたびれて表紙が取れかけていた。
ふにゃりと肩の力を抜いて板が剥き出しの天井を見る。しばし沈黙して夏の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。サマードレスを着て剥き出しになった肩を、ゆるく編んだ三つ編みがくすぐる。切ろうかしら。いややめよう。

猛暑だというのに、テラスの中だけは十分に日陰があって過ごしやすい。しかし外はというと、少し歩いただけで紫外線が肉を焼くほど日差しが強く、私なんかは30分かそこらで丸焦げになってしまうだろう。
姉さんはどうしてるだろう。数時間前に外へ出た彼女が気になって上半身を起こした。長いスカートの裾を踏まないように注意しながら立ち上がり、白く日光を反射するあたりに視線を向ける。
姉はテラスから少し離れた麦畑の中で黙々と作業をしていた。太陽の光が強すぎて思わず目をそらしてしまいそうな中、麦藁帽とタオルを首に巻いた彼女が屈んで除草をしている。さんさんと光を降り注ぐ太陽のせいで、辺りは全体的に白く輝いて見えた。

長靴姿の女がいる麦畑の景色は、ここ最近切り取ったように同じである。昨日も一昨日もその前もその前の前も、ここには雨が降っていないからだ。しょぼくれた駅前に唯一あるテレビで確認したところ、来週もずっと晴れ続きらしい。

「姉さん、麦は大丈夫?」

尋ねると、麦藁帽が反対側に回って、姉の明るい顔がこちらを向いた。
求めてもいないのに子供のように大きく手を振っている。姉さんの馬鹿みたいに大きな声はよく通るのだから、そんなことで体力を減らしてないで大丈夫、と口で言えばいいのに。

「今年は沢山とれたらいいねー!」

疲れなんて知らないような明るい声だが、姉さんはきっとくたくたになっているはずだ。
こんな炎天下の中何時間も外で動き回れるほど、姉さんは体力馬鹿じゃない。頭を鍬で叩かれても気づかないんじゃないかというくらい、馬鹿みたいにのほほんとしているのに、案外彼女は繊細なのだ。
今だって、もしかするとひどい目眩で立ち上がれないのかもしれない。そう思うと急に心臓の周りが収縮し、我慢ならなくなった。お水、持ってったげる、私はそう声を張り上げて、何かに追い立てられるようにテラスの中へ引っ込んだ。

テラスよりもっとひんやりとしたキッチンは、窓から入る光しか光源がないため、扉を開けて薄暗い部屋を見たとたん瞼の内側が押し込まれたように痛み出した。圧迫感に目を閉じると、その暗闇の中でいくつもの円が回っている。際限なく、ぐるぐるぐるぐる。とてもじゃないが立っていられない。
ドアに寄りかかるようにバランスをとって、目を閉じた闇に集中しながら目眩の回復を待つ。どうやら貧血らしい。さっきまでモデルの憎たらしい笑顔に舌打ちする元気があったというのに、変なところで体が弱いからいけない。脂汗がむき出しの二の腕から湧き出して、呼吸が苦しくなった。

目眩が治まるのを待つため、瞼の暗闇に目を凝らした。黒は黒でしかないのに、脳が視覚に干渉するためか、闇は高価な生地のように波打った。
ぼやりと黒が紺になった。紺がこねられるように青になって、金やら白やらが飛び出した。またさっきのような円になるのだろうか。私は形を留めようとじっと目を澄ませる。
はじける金色の中に泥を頬につけて笑っている姉がいた。しゃんと立っていて麦藁帽はかぶっていない。いつの頃だろう。特定しようと頭を澄ませると、それは揺れる水面のようにぼやけて消えた。いつの頃だろう、そう言えるほど、姉さんは今のような作業をずっと続けていることに気がついた。

「(去年も一昨年もその前も、麦はほとんどとれなかったじゃないか。)」

嫌なことに気がついてしまった。軽い後悔が背中を撫でる。目眩が止んだところでそっと目を開け、確認するように辺りを見回してからテーブルへと進む。古いものだが国内製よりも質のよい、外国製の冷蔵庫から水の入ったポットを取り出し、目眩のために熱を放出する頬に当てた。気持ちいい。嫌な感情が溶けてどこかに消えてしまう。私は眠るようにそっと目を伏せた。

ふと、手元の持ち入れた雑誌のページをめくる。『海外発!冬のオススメブランド』という見出しと、いろいろなポーズをとるモデルの女たちがいた。
くたくたの表紙を読むともなしに眺める。ストールを巻いた女、目の周りを黒く囲んだ女、ハイヒールを強調させるように足を突き出した女。どんなに焦点を絞って見ても欠点らしい欠点は見つからず、皆一様に完璧なスタイルと完璧な美貌をしていた。

「(それでも姉さんの方が勝ちだわ。)」

一生懸命朝から晩まで働いて家庭を守らなくても、姉さんはうつくしいのだからこんなモデルたちよりよっぽど楽してお金を稼げるはずだ。姉妹の贔屓目を抜きにしてもきっとそうだろう。うつくしいだなんて決して口には出さないけれど、姉さんがこの雑誌の女や、私や、そこらへんの日焼けを知らない女たちよりうつくしいのは明らかだった。

「姉さんモデルになったら?」

カーディガンを羽織りながら外へ向かって言った。まだ具合が悪いのか、言ったそばから頭痛がして、眉をしかめる。

「モデルさんなんてできないよ、ナターリヤちゃんのほうがとっても似合ってるわ!」

美人だもーん、と姉さんはよく通る声で答える。
姉さんはわかってない。私では到底だめだ。姉さんみたいに笑えない。こんなどん底の生活で、向日葵みたいに笑っていられる人間は、世界中どの雑誌を探したって見つかりっこないだろう。
一番大きいグラスへなみなみと水を注ぐ。外もこんな風に雨が降ってくれたらいい、思いながら水の形を眺めた。そして、ファッション雑誌はもう捨ててしまおう、ぼんやりとそう思った。

目眩が頭をかすめて、眉間の骨を挟むように押さえ込み、じっと耐える。
きゃあきゃあ、姉さんがまた何かを叫んでいる。ふいに部屋中が暗くなった気がして、私はグラスを片手に急いで家を出た。

「なにかあったの!」

久方ぶりに見る薄暗い色の中で、彼女は蛙のように跳ねていた。霧のように細い水しぶきが、こちらから見える彼女の麦藁帽をふんわりぼやかした。それはみるみるうちに弾丸のような速さで落ちてくる水の粒になって、乾ききった麦畑を叩く。
何日ぶりの雨だろう。私はサンダルも履かずに外へと飛び出した。

「ああ!ナターリヤちゃん!きっと今年は豊作よ!」

姉さんは泣き顔のように顔をゆがめて、高い声を上げて笑う。滑稽にも、彼女は笑いながら泣いている。雨粒が彼女の睫をしとしと濡らして、姉さんの涙と混じりあう。それはどの国のどの一流モデルの笑顔よりも私の瞼をくすぐって、珍しく腹部が細かく痙攣しだした。
おかしくなった私はグラスを手放し、腹を抱えてきゃあきゃあ笑う。姉も声を一層高くしてきゃっきゃと笑う。猫のように笑う彼女の肌は薄暗い背景のおかげで一層白くなり、涙で濡れる瞳は大きく、頬は紅潮して赤い。雨の中の太陽みたいな人だった。

雑誌の中の偽笑いをするモデルになるには、彼女は少しうつくしすぎる。うつくしすぎて、モデルなんかじゃもったいない。私は心の中でさっきの言葉を打ち消した。むき出しの肩に雨粒がひっきりなしに流れて行った。ああ、今年は豊作だ。声をあげて、狂ったみたいに私は笑った。



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