(真紅様に提出)


罪です、罪です

自身最大の咎を懺悔するようにか細い声でそう言った彼女は、胸の前で強く両手を握りしめたまま顔を背けた。普段はちょうど重なった手の位置に下がっているクロスだったが、この時ばかりはハワード・リンク監査官のコートのポケットで彼女の懺悔を聞いていた。いつも心の支えにしていたものが自分を脅かす男の手に渡ってしまったのだから、彼女は小さく震えだすほど不安に染まった両手で修道服を掻き寄せる。

「罪です、この感情は、いけないことです、禁忌です」

「禁忌と言ったってあなたはもう犯してしまっている。自覚した瞬間からあなたはもう修道女ではいられなくなっているんだ」

そうでしょう?冷たく責め立てる彼のやり方は額が青白くなるほど追い詰められた彼女には一番効果的だった。優しく諭すわけでもなく、激しく叱りつけるわけでもないこのやり方は仕事柄得意な彼である。淡々と相手を窮地に追い込み、意のままに操作することなど造作もないことだった。

「そんな、そんなこと!」

「わからないとは言わせません。幼い頃から修道院にいるあなただ。少なからずそんな理由で修道院を出ていく者も見てきたでしょう。それとあなたとなにが違う?秘密を知っている者がどれだけいるか、ということくらいでしょう」

「ですが、ですが」

「認めてしまいなさい。結果は同じことなのですから」

大人が数人入るだけでいっぱいになってしまう重厚な煉瓦で造られた旧司書準備室は、彼女の鼓動さえ聞こえるほど静まり返って、非情とも言えるほど冷静と評される彼の嗜虐心を刺激した。もっと彼女を不安に晒し、悲劇的な妄想を抱かせ、泣いて自分に縋るよう作戦を組み立てる。簡単なことだった。だって彼女はもうほとんど折れてしまっているのだから。
コートのポケットに手をいれて彼女のクロスを弄ぶ。それほどの余裕が彼にはあった。そうして気をそらさなければならないほど鼓動が激しくなってもいた。

「仮に私が黙っていたとしてあなたはこの秘密を抱えたまま修道女として生きていくことができるのですか。清廉潔白、影まで祈りの姿をしているとまで言われるあなただ。他人を欺くことなどできるでしょうか」

「……いいえ、待ってください、私は、罪を犯したのでしょうか。この感情は禁忌なのでしょうか」

「この後に及んで」

「どうかお願いです、私は恋をしてしまったのでしょうか」

彼女は両膝を床へと着ける祈りの姿勢で彼の姿を仰ぎ見た。姿勢をピンと張った、仕立ての良い高価そうな上着を羽織った男は、涙の溜まった瞳に見つめられて罪悪感のような空気を飲み込んだが、依然仏頂面のまま無慈悲に彼女へ向き直る。

「言い逃れはよしてください。あなたはさっき自分が言った言葉を覚えているでしょう。ほら、言ってご覧なさい」

「……私は、あなたと一緒にいる時、とても満たされている……気がします」

「気がする?そんなことは言っていなかったでしょう。あなたは私にこう言った。『あなたと一緒にいると満たされる』『どこにでも一緒に行けたらなによりいい』、そして私が怪我をした時はこう言いました、『あなたが傷つくことがなにより悲しい』、フランスの人混みで迷子になったあなたを見つけた時は泣きそうになりながらこう言いました『私を見つけてくれたリンクさんは神様みたい』」

「……」

「これを恋ではないと言うのですか」

「……恋、なのですね」

私は恋をしてしまったのですね、依然彼女はロザリオの位置で修道服を握りしめたまま呟くようにそう言った。
彼女の苦悩で寄った眉や睫毛の端からこぼれた涙や青白い頬を見下ろす彼は、少しだけ自分の嗜虐を反省したものの、ずっと以前から目を背け続けた感情に素手で触れることのできる喜びで、視界の彼女が一層愛おしく見えていた。
なんてうつくしい人だろう。なんて清廉な人だろう。改めて観察した彼女は、神様のものであるべき生き物、人間の男のものになるには出来のよすぎる生き物だった。

「観念なさい」

「……わ、私は」

「目を逸らさないで」

「……あなたを、愛してしまいました」

ポケットの中で弄んだクロスがなにかの象徴のように折れ曲がる。そんなことにも彼は気づいていない。
彼女の告白を聞いた彼は、身体中が打ち震える歓喜をくちびるの端だけになんとか留め、ついに泣き出してしまった彼女の頬にキスをした。



(罪の味)


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