「きょうから三週間目覚めちゃダメだよ」

ダメなの そう言った彼女の表情は知らない。私は下を向いてふたつの書類ばかり見ていたからだ。だから思い出されるのは彼女のたったそれだけの言葉と部活動に関する書類と携帯電話の持ち込みが授業態度に与える影響に関する報告書の内容だけだった。それ以外はなにもわからない、なにも。

ここはどこなのだろう。暗くて寒くて広くて誰もいない。夢を見ているのか、そう思って頬を引っ張った。さっきから五回も同じことをしているが、五回とも頬はチリチリと痛みをあげたのでいい加減私は現実を受け止めるべきなのかもしれない。
生徒会室の窓を開ける。天の川がつかめそうな距離に流れている。広がる無数の光の粒は消えない花火のようだ。衛星写真よりも鮮明なそれが地球上で見られるはずがない。

光一つ無い部屋を見渡した。しんと静まり返ってなんの気配もない。机も椅子も書類棚も魔法のように消えてしまったそこは、もう空き教室と変わりがないほど無個性だった。
ほう、と空気を吐き出してもう一度頬を抓ってみようかと手をあげかけたが、思いとどまり壁へと手をつく。そのまま向かい側のドアへ歩を進めたけれど、やはり家具の類はなにひとつなくなっていた。

触り慣れた引き戸はじんわり冷たく、改めて金属でできた長方形の凹みをためらうように指でなぞった。私が生徒会長になったときにはすでに存在していた傷だけはなにも消えてしまった室内のなかで唯一同じところにあった。人差し指で丹念になぞる。ここが生徒会室であるという証はそれだけだったから、何度確認しても足りないほどだった。しかしずっとそうしていられないこともわかっている。目の前の扉を開けるべきであるし、開けなければならない。諦めたように息を吐いて、引き戸を開けた。

救助隊が来たのかと思った。扉の隙間から差し込んだ強烈な光は、何かしらの災害で埋まってしまった生徒会室から私を助けに来た人たちの持つ強力なライトなのだと。

「いやだ」

「こんなのはいやだ」

真っ赤に燃える光の球が目を焼いた。その周りをオーロラのように火柱が揺らめいている。見慣れたものが視界を横切った。それはいくつもいくつも、光に照らされた世界で確認できた。木片やコンクリートやお菓子の箱、そんな絶対にこんなところに存在しないものたち。
恐ろしくなって後ずさる。扉の前でへたり込む。ここは宇宙だ。そして地球はなくなってしまった。

「きょうから三週間目覚めちゃダメだよ」

ダメなの そう言った彼女の表情は知らない。けれどその声音はひどく冷静で、抑揚のない、コンピュータが発したような音だった。私のために何度練習したのだろう。どれだけの覚悟が必要だっただろう。彼女はもう世界の、宇宙のどこにも存在していない。
ひしひしと、本物の孤独が心を凍らせる。

「だめだ、こんなのはだめだっ」

いやだいやだいやだ。だって、こんな、おかしいじゃないか。
ぐちゃぐちゃに歪んだ視界を、爪の赤い女の手首が通り過ぎていく。幼稚園児の黄色い帽子、車のタイヤ、よくわからない金属部品。
震える太ももに目一杯の力で爪を立てる。痛い。痛くない。痛いわけない。夢なのだから。

「きょうから三週間目覚めちゃダメだよ ダメなの」

爪が肉に食い込んで、赤い液体がじわりと滲み出してきた。これは夢だ、これは夢だ。
不思議と呼吸のできる宇宙なのに、胸が苦しすぎて息ができない


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