佐助を見ていると腹が立つ。
あいつの噂を聞くだけでも、頭に浮かんでくることにさえ耐えられないときがあるほどだ。
軽薄な態度。締まりのない表情。人を馬鹿にしたような発言。不愉快なのだ。許せないのだ。私が長ならあんな真剣味のない忍を雇ったりはしないだろう。決して、絶対だ。
なのに。

「上田の副将に忍が選ばれたんだって。」

あいついい動きするもんね、慶次が気のない声でそう言った。上田に雇われている慶次が褒めるほどの忍といったら、猿飛佐助、あいつしかいない。副将だと?馬鹿な。一介の忍、それもあんな男が。
謙信様の手前、あからさまにできなかった怒りをぶつけるように臼歯を噛み潰した。自然と力の入った腹部が熱を持つ。
よりによって何で今日、こんな時に。慶次を睨み付けてやりたかったが、一度収まった痛みがぶり返して深く俯いた。石を詰めたように重い下腹部に不快感がたまっていく。
ああもうこれだから女は。
痛みと憤りでどうしようもなくいらいらする。月のもののせいで精神が不安定になっているのかもしれない。女をやめてしまいたくなった。

「つるぎ、ぐあいがわるそうですね。」

丸めた背中に謙信様の沈んだお声がかけられる。
お気づきになったのかもしれない。汗でじめじめした背中からさらに汗が噴き出した。
気付かれてはいけない。心配をお掛けしてはいけない。さっと背筋を伸ばして謙信様の不安が滲んだ瞳を見返す。眉間の皺を引き延ばし、堅くなった口角を引き上げて精一杯の笑顔を作った。

「いいえ、なんでもありません。」

「しかし、はたらきもののあなたがつかいにべつのものをむかわせましたし、かおいろもあおざめてみえます。」

そっと立ち上がった謙信様は、私の方まで歩み寄って自らの手を私の手に重ねる。私なんかにはもったいない、雪のように白く繊細な手だ。いけません、とっさに口を開こうとしたけれど、透き通った水分を湛えた瞳に見つめられて、顔を伏せることしか叶わなかった。
頬や耳や額が熱い。この方は私などに触れてはいけない人なのだ。わかっていても、謙信様の優しさに甘え、欲深になってしまった私は、身の程知らずにもずっとこのままでいたい、そう思った。

「つらいことはかならずつたえてください。」

わたくしのうつくしきつるぎ、そう仰った謙信様の瞼はしっとり細められて、私の鼓動はもう押さえきれないほど高くなる。
つるぎ、その響きのなんて甘いことだろう。この方がつるぎと仰るから、私は剣なのだ。
謙信様にふさわしい、よく研ぎ澄まされた触るものを容赦なく傷つける孤高の剣。この方のために、そうならなければならないのに。

「(そうでなくてはならないんだ。)」

下腹部が握りつぶされたように痛む。痛い痛い痛い痛い痛い。正座をしているから一層だ。これさえなければ遣いにだって行けたのに。謙信様を心配させずに済んだのに。あの男より、きっと強い忍になれたのに。
痛みを噛み殺して精一杯の笑顔を作り、とても戦に身を置く人だとは思えない謙信様の手のなかで汗の滲んだ手のひらを膝に押しつけた。

「つるぎ、あなたがきずつくのが、わたしはいっとうつらいのです。」

神々しいとも言える優しい微笑みに裏側などきっとない。謙信様は私を大切に思ってくださっている。私が傷つくと謙信様もきっとお辛くなる。でも、あなたがつるぎと呼ぶにふさわしい忍は、本当にこの私でしょうか。
痛みに震える私の手から尖ったものを取り除くように、謙信様の心地よい体温が優しく撫でていく。
謙信様。私にはもったいないことです。そんなことをしていただく権利を、私は欠片も持ってはいません。どうかどうか無闇に情けを掛けないでいただきたいのです。あなたの優しさが内側から私を狂わせる日が来ることを私は知っています。

じくじくと、いばらの棘で刺されたように腹が痛い。泣きたい。叫び出したい。腹の中のあの臓器を引きずり出して楽になってしまいたい。

「(くそ、くそ、くそ……、)」

女である限り私には勝てない人間がいる。きっとみるみるうちに衰えてあなたを守ることができなくなる。あなたの足を引っ張って、傷つけてしまうことだってあるかもしれない。
謙信様、私はあなたが思っているような強靱でうつくしい剣ではありません。たぶん、私があの男以上の努力を続けても、一生そうはなれないのです。

私がうつくしき剣ではないことにあなたが気づいてしまったら、そう思うと。

「(だから私が味をしめてしまわないうちに、どうか悲しい距離まで遠ざけてほしい。)」

醜く錆びて切れなくなった剣を、あなたは撫でてくれないでしょう。


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