何をしている、語調を強めてそう言うと、女の肩が大きく震えた。気配に気づかず驚いたからか、私の声だったから怯えたのか。
僅かに頭をこちらに向けた女は、握っていた石を河原に置いて、風に掻き消されそうな声を出す。

「石をね、積んでるの。」

「賽の河原か。馬鹿馬鹿しい、貴様がやっても意味がないだろう。」

「市、よく知らないわ。でも、こうやって石を積めば、違うところに行けるって聞いたの。」

私が聞いた話と違う。
親より先に死んだ子供はその罰として地獄の河原で石を積まねばならない、そう聞いた。積めども積めども見回る鬼が石の塔を崩していくので、罰に終わりはないという話だ。

不揃いな石が積み上げられた山を見る。決して低くはない。この女はいつからこんなことをしていたのか。日も随分と傾いて夜が近いというのに、私が呼びに来なければずっとここに居たのだろうか。

「さあ行くぞ。」

「市、行きたくないわ。」

「我儘を言うな。夕餉の時間だ。」

返事はない。女の黒髪が寒々しく風で揺れている。それが邪魔して表情さえ見えない。
手間の掛かる女だ。苛々してきつく口を結ぶ。刑部が甘やかすからだ。夕餉だって第五天一人で食べさせたらいい。過剰に構ってやる必要などない。

あと一分待ってこいつが立ち上がらなかったら一人で戻ろう。そう思ったとき、小さな物がぶつかり合う高い音が聞こえた。

「馬鹿か。」

「……たくさん積めば、市は別のところへ行けるわ。そうすれば、夕餉は別の人が食べるの。」

また石を拾う。ひとつ積んではまた拾う。

「貴様ほど陰気な奴は地獄の鬼も追い返す。」

「そんなことないわ。この子たちが言うんだもの。」

「ここには私と貴様以外誰もいない。」

「……ううん。」

女の丸めた背が作る陰の中で何かが波打った。黒より暗い何か。鋭い気配のようなものを感じる。視線だ。多数の目が、血溜まりのような影の中からこちらを睨んでいる。

「この子たちが教えてくれたの。石を積めば、反対側に行けるの。」

たくさんたくさん積めば、積めば。
取り憑かれたように呟く女の背で黒いものが沸騰する。無防備に揺れている黒髪を絡め捕ろうと伸びていく。

女が短い叫びをあげた。息を飲み込んだような、驚き、詰まった声だった。
影の行いに気付いたわけではない。黒いものは女が突然背筋を張ったことに驚いて影の中に引っ込んでいった。

私は膝の高さまで積まれた石の塔を思い切り蹴り飛ばしていた。
お互いを支えあっていた石たちは弾かれ、分散し、女の叫びより早く四方に転がっていく。もう足元には土台にもならない石ころしか残っていない。

ひどい、のどの奥からそう絞り出し、責めるような眼差しで私を見る。

「ひどいわ、闇色さん……。市、ずっと積んでたのよ。ずっと、積んで、積んで、」

馬鹿め。
空まで積んでも貴様はどこにも行けない。貴様の会いたい男はいない。
第一愚かな貴様は男の名前も忘れてしまったんだろう。最愛の、死んでしまってもまだ会いたい男の名前を。

「……闇色さんは、意地悪ね。でも、そうなの。それも、きっときっと、市の、」

「ああそうだ貴様のせいだ全部すべて貴様が悪い。」

貴様の兄が貴様を愛さないのも、貴様の夫が死んだのも、貴様がいつでも孤独なのも、全部全部貴様自身の責任なのだ。

女の睫が僅かに伏せられる。甘えるな。そんな目をすれば誰かが優しくしてくれると思うな。

「石を積んでも私が破壊してやる。貴様の罰は終わらせてやらない。」

僅かに残った石の塊を踏みにじると、塔があった場所などわからなくなるほど石ころは平らになった。それでも私はまだ石を踏み、踵でにじり、もう二度と女が馬鹿な真似をしないよう心のない鬼を演じた。

石を踏む。地面にねじ込む。ついに泣き出してしまった女が小さく声を漏らす。
貴様は甘い。甘すぎる。
優しくしてくれる人間全てが本当に貴様に優しい人間だなんて思うな。

「(嫌われ者の鬼役を買って出る人間が、本当に鬼だなどと、)」

石を踏む。地面にねじ込む。もうほとんど埋まってしまって、力を込めた爪先がカチカチと痛む。

「(腹が減った。腹が減った。腹が減った。)」

珍しく激しい空腹感を覚えた。
胸の辺りが空っぽに感じる妙な空腹感は、女のすすり泣きの度にしくしく痛んだ。


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