データのなかを歩く。
触ればひっそりとした冷たさが肌に伝わってきそうな真っ黒い床真っ黒い壁そして天井。エナメルが丁寧にムラなく塗られているかのように、四方を取り囲むスクリーンに鋭く光が反射した。

ここはおいらの世界だ。
おいらの頭だけの世界。
きれいな音楽もあるし、すてきな匂いの記憶もある。
王様になった気分だ。実際、そこのすべてを操る力を持つおいらは王様以上の存在だった。

うつくしい映像を切り取って繋いだ自分だけの楽園。壮大な自然の映像もあれば感動的なショートドラマ、わくわくするアクション映画のワンシーンも繋ぎ合わせたおいらだけの世界。
踵でカツンと床を叩く度、取り巻く世界は変化した。
人間の小さな女の子がシャボン玉で遊ぶシーン。地球から見た月の映像。延々追いかけっこを繰り返すアニメのネズミと猫。
データの中に住んでもいいや、そう思えるほど完璧な世界。

テンポを刻む踵を不意に止める。見慣れない映像が目に止まった。流れているそれは地球のハイウェイのようだ。
こんなもの、ここに置いていただろうか。
一人だけの映画館で大きなスクリーンを独占するように、高く首を持ち上げて画面に見入る。

「(あれ……なんだこれ。)」

バリケードによく似た機体が道路から下へ降りていく所だった。やっぱり初めて見る映像だ。すべてのデータは選別してからここに入れるのに、四方を取り囲む画像の記憶はまったくない。
記憶を探りながら画面の中のストーリーを見守る。

黒いロボットは指令官にそっくりの巨大なロボットに腕を掴まれ、思い切り振り回されたと同時に、顔面をハイウェイの支柱に打ちつけた。
こちらを向いた煙を上げる黒いロボットは見間違うはずない。バリケードだ。

映像からの光でチカチカする空間に、オイルと燃えたケーブルのガスっぽい臭いが立ちこめて、口の中に不気味な味が広がる。
支柱にめり込み顔の半分以上を失ったバリケードは、くったり倒れて動こうともしない。

なんだこれ、悪趣味すぎるよ。
怖くなって踵で何度も床を叩く。けれど画面は一向に変わらない。シャボン玉も月もアニメもなにも現れず、黒いロボットの続きとして銀色のロボットが半分に引きちぎられる映像が流れ始めた。

おかしい。こんなのおかしい。
背後から悲鳴が上がって振り返る。そこには同じように様々なロボットが無惨に壊されていく映像が流れていた。オートボット。ディセプティコン。よく知る人間。
みんなみんな、こんな目に遭っていいような人たちじゃない。

「(なんだこれは!)」

あまりにリアルな映像に頭が混乱した。体を守るようにしゃがみ込んで目を閉じる。
おかしい。一体なんだ。なんだってこんなことを。
火のついたケーブルが発する独特の臭いや、ロボットの出す断末魔の叫びの中で冷静に考えごとができない。

いったい誰がこんないたずらを。スキッズとマッドフラップか?ウィーリーか?ディセプティコンのフレンジーか?
誰かがいたずらで作ったものであって欲しかった。あんなにリアルな映像は合成なんかじゃないと分析しながらも、偽物だと信じたい気持ちは強く膨らんでいく。
本物だったなら一体誰が、いつ、どの役者を使って作った映像だろう。こんなによく似たロボットや人間がそうそういるはずないんだ。

騒がしかった音と瞼の中でもわかる激しい光が急に止んで、恐る恐る顔を上げる。部屋の中はすっかり暗く、スクリーンも黒一色でしかなかったが、目を細めるとその中で何かが動いているのがわかった。

今度は夜のシーンらしい。霧かガスのようなものが所々湧き上がり、寂れた工場の群をいっそう寒々しくさせる。
体のすぐ近くで金属のぶつかる激しい音がして、画面はそこへズームアップしていった。
心臓のずっと奥が落ち着かない。胸騒ぎがする。
おいらの不安に関係なく巨大な目のようなモニターは音のする方へどんどん進んでいった。揺れるカメラ。派手なブレーキ音。ひどい匂いの冷たい空気。
やっぱりこんな映画の記憶はない。

「(バリケードがいる。)」

彼だけじゃない。おいらもいる。メタリックな真っ黄色のボディは、紛うことなくおいらのものだ。
絶対こんなのあり得ないよ。だっておいらはこんなことしてない。
言葉が詰まって思わず口を押さえる。さらに信じられないのは、向かい合った二つのロボットが取っ組み合いを始めたことだ。
喧嘩や派手目のじゃれあいなんてものじゃない。お互い瞳に明確な殺意を宿して相手を攻撃している。

「(こんな、こんなことって、)」

おかしいこんなのないよだってみんな平和だし戦わないし誰も死なないし殺し合うだなんて。

画面の中はおいらの世界によく似たパラレルワールドだった。

「やめろよ!なんだよこれ!」

誰にともなく叫んだ声は激しい撃ち合いの音に紛れてしまう。
きっとこの映像を作った誰かはおいらを見てるんだ。ちっちゃなウィルスを植え付けて、おいらが慌てる様を見てほくそ笑んでるに違いない。
いい加減にしてよ、囲まれた画面すべてを睨むように、その場で一回転する。

「悪趣味だ!こんなことある訳ないだろう!こんな、こんなに平和な惑星で、」

言い終わらないうちにのどが詰まる。
激しく火花が散っていたスクリーンは夜の闇より暗くなり、上下左右すべての面から鋭い視線に射抜かれる。黒一色の中に収まった二つの赤い光は一時停止したようにまっすぐおいらを睨みつけて揺るがない。
おいらのよく知っている目だ。身じろぎすることもできず、絞められたようなのどの中で、自分の鼓動が一際大きくなった。

「バリケード、」

何度も何度も口にした名前なのに、恐ろしい何かの名前をやっと音にできたような震える声だった。
静まり返った暗い空間に火薬の匂いが長く留まっている。画面の中の黒いロボットは、相変わらずおいらに真っ赤な瞳を向けていた。

ああ、やっぱりこれはおいらのよく知るバリケードだ。
向き合った両の瞳からオイルの涙がこぼれててきそうな気がして、見つめ返す。

「バリケード、バリケード、」

繰り返しても、風の微かな音がスクリーンから聞こえるだけで、なにも反応は返ってこない。
赤い目がじっとおいらを見下ろしている。涙が落ちてきそうな瞳の奥をのぞき込むと、絶望して諦めても追い出せない沈黙の悲しみが確かに息を潜めていた。それは彼を取り巻く世界について雄弁に物語っている。

画面の中のバリケードを哀れに思った。どうしようもない悲しみが胸に溢れて、彼の悲しみを取り除くためなら何だってしてあげられるような気がした。
心臓がギシギシいってうるさくて、舌の奥が腫れたように痛む。

「そっちは悲しいの?」

赤い光が瞳孔のように円になった瞳の奥で、もっと細かくよく透き通った光が水分のように輝く。彼の居るところはこことえらく違うようだ。悲しい世界の話なんだろう。そこが彼の現実で、それは神様じゃない限り誰にも変えられない。そしてそんな都合のいい神様なんていない。

スクリーンに腕を伸ばす。恐怖はなかった。彼が違う世界の存在だとしても、おいらにとっては変わらずただ一人のバリケードだから。

「大丈夫だよ。こわくないよ。安心していいよ。おいら世界がいくら違ってもバリケードのこと好きだよ。本当に好きだ。君の悲しんでいる姿は見たくないんだ。」

感極まって瞳から水分が転がり落ちてくる。どっちが悲しんでいるんだか。どっちがどっちを求めているんだか。
赤い瞳がぎゅっと閉じられ、取り囲まれた空間から色が消えた。
終わりが近いんだ。胸が締め付けられて痛い。

短い間だったけれどおいらは君を癒せたかな。救いになったかな。君の世界のよく似た人の代わりになれたかな。
画面に靄がかかり彼の輪郭があやふやになっていく。黒の中で身じろぎ一つしない冷えきった塊が、一筋の光も通さない濃い影に乗っ取られていく。

「こっちが君の世界ならよかったのにね。」

本当にそう思うよ。
遠くの彼に言ってみたけれど、聞こえたかどうかは定かではない。
すでに真っ暗闇に形はなかった。
元通りの真っ黒い床真っ黒い壁そして天井。
どうしようもない、身を裂いて心を押しつぶす悲しみが肩にのしかかって、耐えきれずにその場に崩れた。
耳の奥がつんとして、嗚咽が獣のうなりのようになる。

悲しくて悲しくて死んでしまいそう。どこかのバリケードが苦しんでいるのが悲しい。どこかのおいらが彼を苦しめているのが悲しい。それをどうにもできないのが悲しい。
だっておいらは彼の王様にも神様にもなれないんだ。

「(こんなの知らなきゃよかった。)」

自分の泣き声が空間に反響していっそう涙が増す。呼吸ができなくてのどが痛くて頭が痛くて、自分が自分じゃないみたいだった。
そうだ。知らなければよかったんだ。知りたくなんかなかった。

そうすればここはいつまでも悲しみの存在しない平和なパラレルワールドだったのに。








空想の世界に安らぎを求めるバリケードと空想の中のバンブルビーとか。(今こじつけました)


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