上は宇宙。下も宇宙。右も左もすべて宇宙。
カプセルは小さく、三角座りのおいらはそこにひとりきり。
本当に、ただひとりきり。

「(寂しいところだ。)」

実際のところ、上も下も右も左もないところなのだけれど、小さくまるまった自分の体を元に考えれば、無重力の暗闇にも天井と底を作ることができる。
重力を発生させる機能だけが備わった透明なカプセルは、360度宇宙の黒色を映し、ずうっと奥の巨大な星雲や今にも消えてしまいそうな星の光がよく観察できる。
そのどこにもアーク号はない。
見慣れたはずのうつくしい星々はさらにおいらの孤独感を煽る。

「どうやって戻ろうか。」

音までなくなってしまったような気がして、言葉にしなくて良いようなことをわざわざ口にした。それはカプセルの中でくぐもった響きをまとわせながら、ほんの少しして幻だったかのように消えてしまう。

「発信機は壊れた。」

「信号は途絶えた。」

「宇宙は広い。」

単純に、状況は絶望的だった。怪我をしていないだけましだ。けれどいつ隕石と衝突、ブラックホールに吸収、他の宇宙生物と遭遇、などの出来事が起こるか。

「嫌になるな。おいら一生このままなの?困るなぁ。司令官に助けてもらったお礼もまだ言ってないし、ジャズに解析のデータも渡してない。アイアンハイドには稽古をつけてもらう約束もしてるし、ラチェットにはスペアのダガーナイフを借りたままだ。」

やれやれ、といった調子で発した言葉には空元気が滲んでいる。その寂しげな波は言葉より長くカプセルの中にとどまって、また別の言葉で打ち消さなくてはいけないような気にさせる。

「司令官はどうしてるかな。心配させてしまったら申し訳ない。司令官だけじゃない。みんなそうだ。ジャズもアイアンハイドもラチェットも、みんなおいらのことを心配して操縦も解析も補修も何もかも手につかないに決まってる。おいらが一人いないせいで、みんながみんなの役割を果たせないでいる。そう考えるとおいらはおいらだけのものじゃないな。アーク号にいるみんなのおいらだ。いや、オートボットみんなのおいらだ。こんな情けないことで死んでしまってはオートボット一の間抜けとして名を残してしまうことになる。」

ひとしきり演説が終わると、今度はカプセルに額をくっつけて遠くの変化も見逃さまいと暗闇の観察を始めた。
闇に紛れていたのか、突如現れた小型隕石がカプセルを掠めていく。頑丈なカプセルだ。傷一つつかないクリアな表面はやはり代わり映えのない宇宙を映している。
黒黒黒。真っ黒真っ暗真っ只中。
悠然と回転し、軌道の大きく変わったカプセルは、それまで見ていた星雲を背後に進んでいく。目の前の新たに広がる空間には針で突いたような光の点が散らばっているほか、九割九分九厘黒色しか見つけられない。

「隠れてないで出てきてよバリケード。」

口に出せば安心できるような気がした。寂しさを紛らわせる遊び程度の言葉だった。けれど、果ての見えない黒色は本当に彼が溶け込んでいるのでは、と思わせるなにかがある。それはおいらに繕いきれない不安や焦りがあるからかもしれない。

「一時休戦だ。助けてほしいなんて言わないよ。ただ君がそこにいることを確認したいだけなんだ。罠なんかじゃないし突然殴りかかったりしないよ。約束する。こんな事、君だけにしか言わないんだから。これがスタースクリームやフレンジーのバカだったなら、おいら消し炭になったって頭なんか下げないね。」

暗闇からの返答はない。当然だ。当然だけれど、彼からの返答を待つ間が長ければ長いほど背中がそろりと冷えていく。くちびるは焦ったように無音を絶つべく動き出した。

「嫌ならいいんだけど。別に困ったりなんかしないさ。あと少しでみんなが見つけ出してくれる。君はおいらに恩を売っておかなかったことをきっと後悔するよ。ああそうだ。後悔するとも。いつか君をボコボコにする機会があったら、その時は君が泣いたって許してやらない。絶対やめてなんかやらないんだから。沢山、リペアするのも大変なくらい殴ってやる。沢山沢山殴って、君はきっと悔やむだろう。“なぜあのときバンブルビーの言葉を聞いてやらなかったんだろう”って。」

一息に、不安を追いやるように言葉を吐き出した。けれど一瞬の間に湧きだした無音は瞬く間にカプセル内に充満して、急かすように肺の裏側を撫でる。
ねえどうしたの。早く姿を見せてよ。どこかに隠れているんでしょう。どうして出てきてくれないの。
形のない霧状の濃いものが頑丈なカプセルの表面を通過して、おいらの体の中まで侵入してくる。
目に見えないなにかから体の中心を守るように苦しいほど体を丸めこんだ。カプセルに途切れ途切れな呼吸音と鼓動が留まっている。意識すればするほど速まっていくその音は、カウントダウンのようにさらにおいらを不安にさせた。
伺うように祈るように腕の隙間から覗いた暗闇には、アーク号もネメシス号も惑星も巨大星雲もなくて、ただただ本当の黒がどこまでも果てなく吸い込まれていくような錯覚さえ起こさせるほどに伸びている。
もちろんそこにあの男の影はない。

「(こわい。大丈夫。こわい。いいや絶対大丈夫だ。ううんどうしようもなくこわい。)」

じわじわ伸びてきた恐怖や孤独感や焦燥に近いものにまたつけ込まれてのどに溜まった空気を飲み下した。目を開けていることすら精神を削られていくような気になって目を閉じたけれど、そのにあるのはさっきまで見ていた黒と相違ない世界だった。

「(なんでなんでこんな時だけ君は。)」

「(君はひどい男だ君なんか嫌いだ気まぐれででたらめばっかりで人をもてあそんでばっかりの君なんか、)」

君が気まぐれに構ったりなんかするからいらない期待をして最後に絶望を味わうおいらを暗がりから楽しんで見てるんだろう、なんて、考えたってここに君の影はないしずいぶん遠くにいる君はおいらのことを思い出してなんかいないだろうしもしかしたら別の誰かと楽しくに笑い合っているのかもしれない。
小さくて孤独な惑星みたいに体を丸めて無音の重さと黒色の孤独感に耐える。

「このまま二度と君の顔なんて見たくない。」

口に出したその言葉は、呼吸のように掠れて、やはりカプセルの中にずっとずっととどまり、おいらをいっそう悲しくさせた。










(収拾がつかなくなった)


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