たぶんねじくれちゃってわかってるのにやめられなくてただぷつっと切れるにはあまりに衝撃が強すぎてだから泣いてしまったんだろうと思う。お互い様で。
そんな風にあたしが言った一言で怒ったフレンジーから与えられた腕の小さな傷は、とろりとした赤い水をいつの間にか茶色っぽい固まりに変えていつまでも同じ場所に付着していた。
浴槽の水に浸けるとチリリと痛む。これは罰だ。いや、罰だなんて、これが罰なら軽すぎる。もっと痛くなれ。フレンジーが傷ついた分もっと痛くなればいい。
湧きだした涙を湯船の水で洗い流し、精神を落ち着かせるために深いため息を吐いた。
とても小さな、絆創膏一枚で事足りる傷だ。これほど長い時間泣き続けるほどの痛みはもちろんない。
そんなものじゃなく、あたしはあの時のフレンジーが纏った雰囲気がいつまでも怖くて、罪悪感が胸を占めて、何度も思い出しては今までぐずぐずと子供のように泣いてしまっていたのだ。

それが償いになるかのように不安定な呼吸音が反響する浴室で罪悪感に浸り続ける。壁一枚隔てたリビングにフレンジーの気配はない。乱暴に閉じられるドアの音がしたから、きっと出ていってしまったのだろう。
また悲しみがこみ上げて鼻をすする。誰かの前で泣くのはとても情けないことだ。けれど、ひとりで泣くのはとてもさみしい。

「(ごめんねフレンジー。)」

うずくまり乱れた呼吸を繰り返しながら、フレンジーに謝る自分を想像した。ごめんなさい。あたしが悪かったわ。頭の中ではとても簡単にくちびるが動くのに、実際は嗚咽の間にまともな言葉を発音することすらできなかった。

とてもショックだった。
フレンジーがあたしに憎しみのような敵意を向けるだなんて思ってもみなかったからだ。それがこんなにも冷たく赤く背骨や眼球の裏を痙攣させ、喉の奥を締め付ける恐怖の塊だとも、彼からの怒りを受けたことのないあたしは知らなかった。
鋭く研ぎ澄まされた円盤を投げつけるフレンジーの表情を思い出す。途端に浴槽から出た肩や背中が冷たい空気に撫でられて、悪いものを吐き出すように一層深く呼吸した。赤い傷が鼓動に合わせてしくしく痛みだす。

あたしの罰。あたしの罪。もっともっと痛くなれ。もっともっともっとだ。
しっとりとした赤い傷にスクエアカットの爪を立てた。痛くない、痛くない。そう言い聞かせてまだ瑞々しいかさぶたをかきむしる。

「(痛くない。痛くない。痛くない。)」

痛くなんかない。もっともっと裂けてしまえ。フレンジーを悲しませた罰だ。痛くなんかない決してない。けれど痛みがもっと深くなればいい。あたしが心底反省してもう二度と彼を傷つけないように、こんな生やさしい痛みではなくもっともっと強烈な痛みに変わればいい。
傷だけでなく左手全体が熱を出し、肌についた水滴と混ざり合った薄い血液が肘の方へと滴った。汚い。思うままに浴槽へ浸ける。赤いものは湯水に溶けて神経に染みていく熱だけが残った。

「(たぶん、きっとだ。)」

「(フレンジーも今頃罪悪感で苦しんでいるだろう。)」

「(思わず武器を投げつけてしまった自分を、きっと海より深く責めているだろう。)」

あたしにはわかった。彼はきっとあたしを傷つけてしまった自分を責めている。悪くもないのに罪悪感で辛い思いをしているフレンジーを哀れに思った。
かわいそうなフレンジー。傷つけられて悪者扱いされて罪悪感に苦しんで、なんてかわいそうな生き物だろう。あたしなんかよりずっと遥かに哀れで救われなくて孤独だ。
ひいひい、彼を想って子供のように泣きながら更に傷をひっかく。意地のようにかきむしる。痛くないと思ってもやはり痛いものは痛い。痛くてまた涙がこぼれてくる。
情けない声が浴室にこれでもかというほど反響して、それがまた涙腺を刺激した。涙を擦った跡がひりひりして押し殺そうとしても嗚咽はどこからかか細く漏れ出す。ふと下を見ると、水面にぐちゃぐちゃな顔の女が映っていた。情けない。またあたしは大人気なく泣いてしまう。

「(ごめんなさい、)」

「(ごめんなさいフレンジー。)」

「(冗談でもいらないなんて言ってごめんなさい。)」

ぐちゃぐちゃの顔を両手で覆って呟いた。泣きすぎたせいか頭を使いすぎたせいか耳のあたりが頭痛のように痛む。真横に伸びてひっきりなしに嗚咽を吐き出すくちびるに、ぽちゃんと跳ねた水滴が乗っかった。

『気ニスンナッテマギー!』

いつかの彼の言葉が蘇る。いつだっただろう。仕事で失敗した時か、恋に失敗した時か。たぶんそのどちらも、彼はそう言ってあたしを勇気づけてくれた。
そんなの、気にするわよ。ぜんぜん気にするわよ。ずっとずっと、死ぬまで気にしてるわよ。

『オ前ハ間違ッタコトシネーヨ。素直ナダケガオ前ノ取リ柄ジャネーカ。』

どうしようまた涙が湧いてしまう。視界が歪んでもうなにも形を留めなくなってしまう。ぽちゃんぽちゃん、水滴の飛ぶ音が幾度もして、あたしのくちびるはわなわな震える。
うん。そうね。そうねフレンジー。

「ごめんねフレンジー、」

やっと言えたその言葉はさらに涙腺を刺激して浴室の水音を増やした。そうだ。素直でズケズケ文句を言うのがあたしの取り柄なのだ。
謝ろう。大丈夫。きちんと言える。あたしたちはこんなことでなかったことになってしまうような脆い関係じゃない。
とっくに冷え切ってしまったバスルームで友人を思い出しながら傷口を指でなぞった。あたしの腕の赤いかき傷を見たら、乱暴なふりをして優しい彼はもっと傷つくだろう。瑞々しい赤い線をなでる。チリリと痛みをあげるそこに優しく人差し指を当てて、自分でひどくした赤い色を落としにかかった。



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