まどかが怪物なってひと月経った頃、遂に世界で呼吸をしている生物は私だけになった。
いや、本当のことをいうと私も気の遠くなるほど昔に人間でなくなってしまったのだから、もう日本で、地球で、宇宙で、人類というものは完全に絶滅してしまったのだ。

まどかは世界中の遣い魔を、グリーフシードを、魔女を吸収してとてつもなく大きな怪物に成長していた。比べられる塔のようなものがあればよいのだが、もはやそんなもの全部瓦礫になってしまっている。きっとエッフェル塔や東京タワーぐらい大きいはずだ、私は歩くのも難しい焼けたコンクリートとアスファルトが一面にばら撒かれた東京の土地に立って彼女の雲に紛れてしまいそうな頭を見上げる。そこからの景色はどんなものだろう。私の方からは360°乾いた赤茶色の土の上に同じ色の石がゴロゴロしている平坦な地面がどこまでもどこまでも広がっていた。空は朝と晩を軽く混ぜ合わせたような渦巻く赤紫色で、一日中色が変わることもない。

「これからどうするのよ」

私の言葉が彼女に聞こえるはずなかった。距離の問題もそうだけど、なによりまずまどかは人ではないのだ。人でも魔法少女でもない負の感情の塊は、まどかの元の姿を想像できない醜悪な怪物に変えて何かを待つように立ち尽くしている。天災を起こし人災を起こし瞬く間に地上を地獄に変えたそれまでの勢いを完全に失って、役目が終わったとでも言うように動きを止めていた。

「全部貴方が壊したのよ。嫌なこととか悲しいことを、全部なかったことにしちゃえるくらい全部壊してしまおう、そう言ったのはまどかよ」

まどかは全部なかったことにできたの?
冷たい風が土ぼこりを巻き上げた。人類を死にいたらしめた病原菌を乗せて風は荒廃した街をどこまでも駆けて行く。
私が少し顔をしかめた時、空の上から金属が擦れ合うようなひどい音がして思わず両手で耳を塞いだ。一瞬核兵器でも打ち込まれたのかと思ったけれど、空は相変わらず不気味な色のままだし、まず人間がいないのだからそんなことが起こるわけなかった。
その音はどんどん大きくなって見渡す限りの瓦礫がなにかの前触れのように細かに共振しだす。私はやまないその音がまどかの泣き声だということに気がついた。

「貴方が泣く必要なんてないわ」

努めて冷静な声を出したつもりだった。けれど耳を塞いでいたためにそれがどんな響きだったかはわからない。高い金属音に掻き消されて自分の耳にも聞こえない言葉が骨を伝って身体中にぼんやり響くだけだった。まどかは体が裂けてしまいそうな声で、喉が爛れてしまいそうな声でぎいぎいと体中の悲しみを叫ぶ。まったくひどい世界よね、ほんと。ほんと、涙も出ない。
喉の奥が風邪をひいたように熱くて唾液を飲み込んだ。世界の終わりにふさわしいぎいぎい音は私の鼓動を早くする。いや、違う。まどかの泣き声はいつだって私を悲しみのどん底に突き落とすのだ。

「ざまぁみろ、神様」

言葉を追って涙が出た。
一瞬まどかが泣くのをやめて、言葉の余韻を追いかけている気配がした。

ざまぁみろ人間。ざまぁみろ地球。みんなみんなざまぁみろ。
気がつくと私はボロボロに泣いていて、言葉も言葉の形を失っていた。入れ物を失いただの呪いとなったうめき声のようなその音を、まどかは長い首をもたげて聞いている。そうよまどかは泣く必要なんてない。

「私達、悪くなんかないわ」

なにひとつ。まどかは悪くなんてない。こんなにも美しいまどかが悪いはずなんて、絶対にないんだ。

「こんな世界を愛せと言う方が無理があるのよ」




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -