汚れてしまった靴下の指先をもぞもぞさせて上靴の行方を考えていると、いつからいたのかセカンドが足音もなく給水塔のてっぺんから飛び降りて、振り返りざまにわたしを睨んだ。

「サボり」

と言う彼女は見下したように(実際床に座り込んだわたしを彼女は見下ろしていた)ふん、と鼻を鳴らすと上履きを履いていないわたしの靴下に気がついた。目が悪いみたいにぎゅっと眉を歪めて灰色になったつま先を凝視する。わたしは碇君と話すようになってからこういう時に独特の感覚を覚えるようになっていた。とにかく少し彼女の存在が疎ましく思えて、靴下の汚れを隠すため座り直そうとしたけれど、それよりも先に棘のある言葉が頭上から降ってくる。

「忘れ物」

違う。けれど彼女の言葉を否定してもまた新たな棘が用意されるに決まっている。わたしは口を結んだまま彼女の攻撃的な目を見つめ返していた。屋上から見える青すぎるほどの青空とセカンドの風になびくキラキラした髪が、顔のパーツすべてで不満を表した彼女の表情とまったくチグハグだ。体育の授業を受ける楽しそうなクラスメイトの声が屋上にまで上ってきて、早く出て行ってくれないかしら、と思う。

「サボり。忘れ物。シカト。」

「セカンドも授業に出ていないわ」

「くちごたえ」

一音一音区切るように言ったあと、彼女の視線は再びわたしの足元へ向けられる。またあの感覚がまぶたの後ろあたりに湧き出した。眉間がぎゅっと詰まる。これは不快感だ。無意識のうちに唇を噛んでいた。

「あんた、なんでスリッパ借りないのよ」

「去年から借りられないことになったって聞いたから」

「誰によ」

「クラスの子」

セカンドは靴下とわたしを何度か交互に見て、それから不満でいっぱいだった表情に怒りまで浮かべてみせた。なんて器用な人だろう。みるみるうちに瞳孔が大きくなって、口の端に震えるような力が加わる。わたしは純粋な興味を覚えてそれをまじまじと見つめた。忙しい人だ。

「バッカじゃない!?そんなの嘘に決まってんじゃん!」

そうなの、と適当な返事をしたわたしに対して彼女の怒りは一層強いものになったようだった。噛みつかんばかりの勢いであんたねぇ!と怒鳴るセカンドは本当に感情表現の豊かな人間だと思う。神様が感情の配分をまちがえて作ったのかもしれない。

「あんた、意地悪されたのよ!そのうちみんなにシカトされたり嫌な噂流されたり上履き隠されたりするんだから!!」

そうだとして、なぜセカンドが怒鳴るのだろう。目を大きく見開いてわたしに詰め寄る彼女は、自分でもなぜ怒っているのかわかっていないような気がした。そしてそれに気づくほどの冷静さもきっと持っていないに違いない。

話しても無駄だわ。無言で立ちあがりスカートについた埃を手で払う。自分の存在を無視して立ち去ろうとするわたしに、どこ行くのよ!と案の定眉を吊り上げたセカンドが噛み付いた。

「隠された上履きを探しに行くの」

そう言うと、セカンドは顔を真っ赤にさせて天敵に出会った野良猫がそうなるようにキラキラした赤っぽい髪の毛先を逆立てて激怒する。こんなにも激しい怒り方をする人を初めて見た気がした。思わず目が離せなくなるほどだ。彼女は目をそれこそネコ科の動物のようにギラギラさせてわたしの肩を乱暴に押しのけると、陸上競技の選手のようなフォームで校舎の中へ走って行ってしまった。
少ししてから校庭で楽しそうにしている女の子たちの声に混じって、「あんたたち絶対許さないから!」というセカンドの怒鳴り声が学校全体に響き渡る。
わたしはクラスメイトの悲鳴を聞きながら、汚れた灰色のつま先をふたたびもぞもぞさせる。





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