「来年は来年は来年は」

きっと謙信様と初詣へ行くんだ。
そう決意のように言い放ったかすがだったが、月の光しかない獣道で聞いたその声は切実な願いごとのような響きがあった。雪の降る冷たい空気の中を、閉じ込められたようにいつまでも残っている最後の音からかすがの心の内側まで見えてしまった気がして、そんなことは初めてではないのだが、やはり少しだけ肺が軋んだ音を立てる。
弱りきったかすがは普段の鋭さなんてまったく感じさせない、馬鹿で子供で可哀想なただの女になってしまう。ちょっとの軽口で目を潤ませ絶望し内に篭ってしまう、そんな弱い女にだ。そして俺様はそこに付け込むしかない最低な男である。かすがの想い人とは真反対の親切でも自己犠牲的でもない人間。だからなんだという話なのだが。

「除夜の鐘も聞くし初詣にも行く。正月は慶次を呼んで羽根突きをして、餅を飽きるぐらいに食べるんだ。去年や一昨年みたいに」

寒さで感覚のなくなりつつあるつま先が雪の坂道に埋まった石を蹴り飛ばした。それにも目をくれず先へ先へとどんどん早足になるかすがを大股で追う。彼女の吐き出す言葉は決して夢見るようなものではなく、強い強い祈りのようにいつまでも暗闇に浮かんでいる。やはり弱りきったかすがは馬鹿で子供で可哀想な女だ。けれど彼女が哀れであればあるほど俺様に近しい存在になっているような気が、毎度のことだが少しだけ嬉しくなってしまう自分がいる。

「春は花見だってする。暖かい中を散歩する。夏は海を見に行くし、秋はみんなで月見をするんだ」

そんなこと本気で思ってんの?鼻で笑ってやろうとしたけれどなぜだか急に気が削がれてしまい、わざと足元の雪を蹴り上げた。行動をしてからそれが餓鬼の振る舞いであることに気づいて、これまた餓鬼の攻撃性がかすがのほうへ刃の切っ先を向ける。
俺様がお前の恋について良く思ってないことを知っている癖に、どうしてペラペラ喋ってくれちゃってるのさ。第一できそうにないことなんか並べ立てて、不幸ぶるのも気に入らない。聞かされる側のことも考えろよ。一途過ぎて馬鹿馬鹿しい。さすがの俺様も呆れを通り越して腹が立つんだけど。

前を行く暗闇とほぼ同化したかすがの背中を狙って大きく雪を蹴り上げた。鋭い攻撃性は柔らかな雪へと姿を変え、狙い通り冷たい塊がかすがに当たる。見えない壁にぶち当たったみたいに急に立ち止まったかすがが振り返っていつものように怒り出す様が記憶の中で再生された。
でも、立ち止まったまま、どうしてこっちに向き直らない。
動きを止めたかすがの肩まで飛んだ雪の塊が少し憐れっぽくて、軽くはたき落としてやると、少しの力で体が力なく揺れた。しかし「佐助」と呼ぶその声まで震えているのは俺様のせいではないはずだ。

「なぁ、来年はできるよな」

俯いたかすがの真下で柔らかく雪が溶けるのをはっきりと両の目で見てしまった。ほとほとと落下する何かは俺様が出させたものではない。鼻で笑おうとしたからでも雪を浴びせたからでもない。
遠くで除夜の鐘が鳴り始めた。胸の真ん中から全身に広がっていく鐘の音が掛けるべき言葉の邪魔をする。

「なんでも、来年は、来年になったら」

できるだろう?雪と土の混ざった匂いがする。鐘の音が響く。ほの明るい月の下でかすがが泣いている。馬鹿で子供で可哀想などうしたって俺様のものになんてならないかすが。
ねえかすが、来年の話をすると鬼が笑うって話知ってる?

「きっとできるさ」

その言葉は鐘の響きに紛れて霞んでいく。来年はなんでもできる。できるよ。繰り返すのは言葉が本当らしくかすがに届いて欲しいからだ。
できる。なんでも。来年は。来年おまえとあの人は。雪の冷たさで足がじくじく痛んだ。繰り返すその話の中に俺様はいない。




(鬼だってそんな話は笑ってくれないよ)


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