ケラー国防長官の推薦で、マギーはワシントンのちっぽけなシンクタンクから、超エリートの集まり、ペンタゴンの情報局で暗号解読をすることになった。となると、前の職場から三十分も遠い所に毎朝出勤しなければならないことになる。遅刻魔のマギーにとってこれは由々しき事態らしく、「三十分も早起きできない。三十分も早寝できない。かといってノーメイクで出勤なんて、絶対、あり得ない。」彼女はそう狂気染みた目つきで俺を見たのだった。

そんなわけでマギーがアーリントンの「ちょっとレトロな」アパートへの引っ越しを決めたのが一月前のことになる。
ワシントンの狭い割に高くぼろいアパートではなく、住宅手当のおかげでなかなか洒落たアパートを選択する余裕があったそうだ。ベランダに茶色いプランターとピンクの花が似合う、そんな所に引っ越すとなると、部屋は散らかり放題でインテリアなんかまったく気にしたことのないマギーにも様々なこだわりが出てきた。
百年前のパソコンみたいに大きなテレビを、いつから掃除していないのかわからないまま使っていたエアコンを、最近コードの接触が悪くなってきた電子レンジを、ヒステリーのような衝動に急かされて、彼女はそれらの乗った廃品回収車を見送った。三日前のことだ。

そんな経緯を経て、マギーとオレとバリケードの三人はこの大型ショッピングモールへとやってきたのである。強制参加なのだった。

「馬鹿ダナマギー、接触ノ悪イ電子レンジクライナラ俺ガ直シテヤッタノニ。」

「やーよ。あれだいぶ古くて汚れてたんだもの。」

「オ前ガ掃除シナイカラダローガ。」

ジャンクフード温メテバッカデサー。と、イヤミを言ってみるものの体が自然と弾んでくるのを誤魔化せない。目ざとい相方を駐車場に置いてきてよかった。茶化されては格好が悪い。マギーに気づかれないよう緩んでしまいそうな口角をぐっと押さえつけ、何百平米あるのかわからないほどだだっ広い家電フロアの中から目当ての物が置いてあるコーナーへと足を進める。

「タクヨー、人間ノ作ッタ機械ナンテレベルガ低スギテミテランネー。」

なんてことはどうしようもない建前で、興味がない振りをしてそっぽを向き、遠くのオーディオコーナーの位置に視線をズームした。
スキャンするまでもなく並んでいるどの最新家電もひどくちゃちでおもちゃ以下の構造をしている。ショーケースを見ただけで地球の科学レベルの低さがわかることだろう。しかし、それはそれでなかなか興味深いものがあった。特に娯楽性のあるオーディオやテレビゲームなどの電化製品は、しょぼいし荒いしくだらないけれど、そのしょぼさも荒さもくだらなさも、なんとも言えないコアな魅力があるのだ。金属生命体のプライドとしておおっぴらには言えないが、実のところ、とても気に入っている。

「はいはい。で、こっちとこっち、どっちのテレビのほうが故障しなさそう?」

たどり着いたコーナーには最新機種のブルーレイ内蔵3Dテレビが迷路のように並んでいる。海外の有名メーカー製やら初めて名を聞く国内メーカーのものやら、とにかく国内外のありとあらゆる3Dテレビがここに集められている。マギーはその中から目の前の製造元が違う二つのテレビを、腕試し、というように指差した。

「断然右ダナ。スキャンシタラ一発ダ。左ハ組ミ立テモ人件費ノ安イ海外デ済マセテイルンダロウ。部品ハマズマズダガ他ガ雑ダ。三年持タナイナ。」

「そんなこともわかるの!すごいじゃない!」

「見分ケ方トイッテモマギーハスキャンデキナイカラナー、トリアエズ今日ハ俺ガツイテイテヤルヨ。」

なかなか頼もしいじゃない、感心したような視線を送るマギーにオレの頬は得意に歪んだ。いつも年下扱いされている分、頼りにされると隠しようがなくうれしい。

「あ!じゃあ家具も見ていい?いっそのこと買い換えちゃおうと思って。」

「家具?イルカ?」

「いるわよ。フレンジーだってふかふかのラグに寝そべりたいでしょ。」

彼女が言うふかふかのラグに寝そべった自分を想像する。
きっとオレは引っ越し先でも一日中リビングに入り浸ってテレビゲームをするに違いない。ならばマギーだけではなくオレも大型テレビに合うテレビボードや長時間座っていても疲れないソファを使うことになるのだ。
超が三つ付いてもおかしくないこの巨大ショッピングモールには有名なインテリアショップだってもちろん入っている。テレビのサイズに合うテレビボードも様々な色のラグもオーダーカーテンも全部ここで購入できてしまうだろう。
見事にコーディネートされたインテリアコーナーを想像すると、ふと、マギーの新居に絶対必要な家具を思いついた。

「ア!ベッド!ベッド欲シイベッドイル!」

マギーが今まで使っていたパイプのベッドは寝返り二回で落下してしまうほどの小ささだけれど、捨てたいヒステリーをなんとか免れた物の一つだった。ちょっとロマンチックな造りのベッドは引っ越し先のアパートのイメージに合っているが、そういう問題ではない。

「ベッドは今あるのを分解して持っていくからいらないわよ。」

「アレシングルジャン!超チッチャイジャン!」

「フレンジーには関係ないじゃない。」

そう笑うマギーとは対照的に、オレの頬は子供のように膨らんだ。関係ないわけないだろう。落ち着いて、よく考えてほしい。あのベッドは成人女性がぎりぎり一人寝られる大きさだ。そしてオレはおまえと付き合っている。オレは結構前に少し貧相だが人間の肉体を手に入れた。
買い換える気はないと一蹴するマギーに、それらが意味する答えの念を込めて口を開く。

「俺モツカウ。」

「えー?いつもみたいにソファーでいいじゃない。新しいの買うからそっちで我慢してよ。」

「俺モツカウ。」

「強情ね。第一あたしで寝られる大きさなんだからあんたも大丈夫なはずよ。」

身長変わらないもの、からかうようにオレの頭を手のひらで軽く叩く。実は背が低いことを気にしているオレが、彼女に頭をなでられる度に傷心していることをマギーは知らない。
違う。そういう意味じゃないんだって。拗ねることも怒ることもできず、あまりにもまっすぐな視線から逃れるように非情なほど鈍感なマギーへの言葉を探す。人間の思考回路に合わせきれないまま、くちびるからは意味のない言葉が漏れた。ダカラ、とか、ツマリ、とか。
視界の隅でマギーの長いまつげが困ったように何度か上下したのが見える。あたしなんか変なこと言った?というようにオレのはっきりしない態度を眺めている。

「……ソノウチ二人デ使ウダロ。」

「え?」

「ダカラ、オレモ使ウンダッテ。」

「……あの、それって、」

顔に熱が集まっていくのがわかる。映画でもドラマでも小説でもマンガでも、こういうときに頬を染めるのは女の側だから、オレが照れるのは何となくおかしい。だがこの際どうでもいいように思う。踏み出すべき一歩なのだ。大きな大きな一歩なのだ。
思い切って顔を上げる。ヒールを履いたマギーはオレよりも少し背が高くて、ほんの僅かに上方の細い顎を見上げると、彼女は口を「あ」の形にして固まっていた。まるで一時停止ボタンが押された画面の中の人物ようだった。
硬直した眉が緩むのと同時に、あ、とマギーが短い音を吐き出した。

「安心して!あたし変なことしないから!」

白い背景の中でたくさんの液晶画面が騒がしい音を上げている。その中心にいる金髪の女は、意志が強いことを示すように両手を握りしめ、自信たっぷりの顔でまっすぐ俺を見ていた。いわゆるドヤ顔である。

は?え?なに?
「あ」の形に口を開いて一時停止するオレの頭の中に、どこからともなくテレビのものとは違う笑い声が響いてきた。

『お、おまえがっ、する側かよ!!』

バリケードめ。いつから盗聴してたんだ。





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