*87g西山さんのTF3ネタに衝撃を受け自分なりに書かせていただきました。













ショックウェーブが俺を避けた。
スタースクリームが哀れみの目を向けた。
サウンドウェーブが接触してくるようになった。

心当たりならいくつかあるんだ。
だけどこんなことが信じられるか?天と地がひっくり返ったような話だ。正義感の塊のようなお前が、真面目な顔で吐くような嘘じゃないだろう。

「(おまえはバリケードなんかじゃない、なんて。)」

ふざけてるのか、言いながら煙草を取り出す。銘柄は何だっていい。人間のようなまどろっこしい拘りなどなく、俺を冷静にしてくれるものなら何でも。
目の端で明るい青の瞳がぎらぎらこちらを睨んでいるのがわかった。好戦的な目だ。いつだったかもこいつの眼差しは鋭利な刃を思わせる輝き方をしていた。感情をむき出しで殴りかかるおまえに、気に入った、高揚した感情と共にそう思ったのをはっきりと覚えている。

『目を見ればわかるよ。』

「あ?」

『目だけじゃない。後ろ姿だって、声音だって、匂いでだってわかる。あいつはおまえよりもっと強い。』

おまえは誰だ。
瞳の奥の強いエネルギーが刺すように俺を睨む。真っ青な、どこまでも見透かして嘘を暴くことが正しいと思っている目だ。
ああこいつ、ついにいかれたのか。打ち所が悪かったんだろう。サウンドウェーブがひどく殴ったのがいけない。
先端の赤く光る煙草はほとんど縮まってはいなかったが、指先で弾くようにして放り捨てた。煙草はもう必要ない。最初からおかしいのはこいつ。俺は極めて冷静だ。
馬鹿な奴。早々にこんな星から逃げ出していたら、声だけじゃなく頭までやられずに済んだのに。

「そうか、俺がバリケードじゃないって言うんだな。」

『ああ。おまえみたいなポンコツは知らない。』

「おまえのご主人様と一緒にカーチェイスしたことも忘れたのか。」

『あれはバリケードだ。おまえなんか知らないね。』

ここまで真剣に言い切られると、とうとう目の前の男が哀れに思えて苦笑した。ポンコツになってしまったのはどっちだか。

敵とはいえ、こいつはなかなか見所のある奴だったのだ。
攻撃は俊敏で的確、身の程を弁えており主人に忠実で、なによりひたむきな熱意があった。
仲間ならどれだけよかっただろう、そう思ったことだって幾度かある。タイガー・パックスでゾクゾクするほどそう感じた。地球での交戦やハイウェイでの駆け引きでも、こいつには人を惹き付ける何かがある、そう強く思ったんだ。

何かの記憶がはっと頭に浮かび、強烈な印象だけを焼き付けてすぐさま霞んでいく。一瞬の映像だった。今のはなんだ。落雷のようにフラッシュバックした映像がどうも頭に引っかかり、額に手をやって目を閉じる。

「(まただ。)」

水泡が見える。暗い所だ。空気の粒は上へ上へと向かっていき、俺のものらしい視界から遠ざかっていった。
泡のカーテンの奥で何かが動いた。誰かいる。誰かの声がする。なんだこの記憶は。俺はこんなところ知らない。なんだ。一体なんで、こんな。

「サウンドウェーブ!」

視線の先にいる男は、バンブルビーの頭を掴み上げ銃口を押しつけている。今すぐにでも殺してやろうという気迫だった。目をつむっている間に何かが起きたのだろう。サウンドウェーブの俺の言葉などまるで聞こえなかったような荒っぽい振る舞いが焦燥を駆った。
ろくに動けやしない捕虜のことは後回しで良い。そんなことより、なあ、おまえこの記憶、

男の肩に手をかけようとしたとき、ふいに真上から空を切る高い音がした。サウンドウェーブははっとして上空を見上げたが、俺はそれを確認するのが一瞬遅かった。濃い影が降ってきたかと思うと、近くでビルが押しつぶされた音がして、やっと周りの状況を把握する。
相当巨大なものが落下したのだろう。戦艦か。人工的な埃っぽい匂いが霧のように辺りに立ちこめて、敵も味方もわからない。クソ。なんてタイミングだ。落下物から身を守るためにできるだけ姿勢を低くする。

嫌な匂いだ。コンクリートはこんな匂いだっただろうか。コンクリートだけじゃない。タイヤの焦げる有害物質の香りやショーとした電線の匂い。どこかで嗅いだことがある。クソ。ひどい頭痛がしだした。頭が割れてしまいそうだ。顔が焼けたように熱い。ああそうだ。思い出した。この吐き気を催させる匂いは。

ハイウェイ。コンクリート。オプティマス。
よみがえる記憶は確かな現実感を持って頭の中に映し出された。よく知っている映像なのに、強烈なインパクトが鼓動を激しくさせる。

走っている。ハイウェイだ。そう、ハイウェイで俺は、オールスパークを持った奴らを追っていた。メガトロン様も復活し、ディセプティコンの士気は今までにないほど高い。
弱者を追いつめるのは愉快だ。ボーンクラッシャーに続いてオプティマスを追跡した。奴もなかなかの実力者だが、オプティマスとサシでやり合って勝てる確率は高くない。援護した方が確実だ。道路を飛び越えて奴の背中を追う。
追って、追っていった俺を、

「(俺を?)」

叫び出したくなった。握った拳が痙攣する。冷たい空気を吐き出してくちびるが戦慄く。
これは、一体どういうことなんだ。誰の記憶なんだ。俺はなにをされたんだ。俺に何をしたんだ。
指をみる。頬をさわる。髪をつかむ。この形はなんだ。俺はこんな形だったか。この体は誰のものなんだ。この体は俺のものではないのか。痛みも熱も皮膚の感覚も、俺のものではないというのか。
なんで、どうして、俺は。

「(どこまでも見透かして嘘を暴くことが正しいと思っている目。)」

「(真っ直ぐに、射抜くように。)」

「(“おまえはバリケードじゃない”)」

おかしいのは俺で、ポンコツは俺で、正しいのは。
まっすぐ正しい一点を凝視して揺るがないあの男は残酷だ。

「(俺は死んだのか……?)」

サウンドウェーブ!銃声が飛び交う中有らん限りの力で叫んだ。辺りはまだ細かい粒子が視界を遮り、音だけがくぐもって大きく響く。
サウンドウェーブ!サウンドウェーブ!
灰色の靄の中で何かが動いた。伏せた体の上半身だけを持ち上げ、薄まった土煙の隙間に意識を集中させる。

「サウンドウェーブ……。」

血塗れになったサウンドウェーブを放り投げたのは、青い瞳で全てを見透かすあの男だった。

サウンドウェーブ。起きてくれ。そして言ってくれよ。あれはリペアの記憶だって。俺は助かったんだって。一言でいい。起きあがって証明してくれよ。

ショックウェーブが俺を避けた。スタースクリームが哀れみの目を向けた。サウンドウェーブが接触してくるようになった。
それでも確かに記憶があるんだ。
フレンジーが笑いすぎてむせた瞬間。スタースクリームがメガトロン様に殴られたときの顔。ブラックアウトがスコルポノックを見る眼差し。
そしてあのハイウェイでの。

「(あ、あ、あ、)」

絶望感に身が凍る。なんでこんな記憶があるんだ。辻褄が合わない。理屈が通らない。
スパークが消える寸前。途切れ途切れになる意識の中で、バンブルビーが俺に何かを言った記憶。まばたきの多い瞳で、苦しいような表情で。

「(ああ俺は、)」

俺はバリケードじゃない。
バリケードは死んだ。俺はバリケードじゃない。誰でもない。誰でも。誰でも?
サウンドウェーブ。暗いカプセルの前で言ったじゃないか。俺はバリケードだって、おまえはあの時言っただろう。頼むからもう一度言ってくれ。全部妄想にすぎないって。全部真っ赤な嘘だって。

「(俺は誰なんだ。)」

呼吸の仕方がわからなくなった。酸素を吸う。まばたきをする。唾液を飲み込む。そんな当たり前の動作が偽物の体で行えなくなった。
全身が、俺が俺であるという何の根拠もない意識以外のすべてが俺に反抗しているようだった。

「サウンッ……」

『もう死んでるよ。』

何度呼ぼうとスパークの消えた体は反応しない。空の肉体がただそこに横たわっているだけだった。
瞳から決壊したように水分が流れていく。まつげを頬をくちびるを濡らして、はたはたと地面に跡を作っても止まらない。

『バリケードは死んだ。だからここには居ない。』

「俺、俺は、俺は、」

『おまえはバリケードじゃないよ。似せて作られたみたいだけど、あいつとは違う。』

わかるんだ。
そんな目で俺を見るな。弱者に寄越す哀れみを浮かべた瞳で、頼むから見ないでくれ。世界が崩れていってしまう。

『おまえはバリケードじゃない。おいらは絶対認めない。だから何度でも言うよ。』

『あのバリケードは、もうどこにも居ないって!』

体を震わせ、何かを押さえつけるように掠れたな電子音声でそう言った。そして、今度は声の出ないはずのくちびるをはっと開けて、それから何も発することなく、無理矢理言葉を飲み込むように閉じる。

『……おまえがバリケードだなんて、おいらが許さない。』

男は刻みつけるようにそう言い残し、踵を返した。表情が見えない。見せないように深くうつむいて、呼吸さえ押し殺している。
振り返って、銃で一発。記憶ごと頭を吹き飛ばしてくれたらいいんだ。こんなに狙いやすい獲物はいないはずだろう。
なのに、弾の一つも撃ち込んではくれないおまえはなんて。

指をみる。頬をさわる。髪をつかむ。
俺はバリケードではなかった。奴に似せて作られた、クローンの体と不完全な記憶でできた、バリケードによく似た人間。似た個体。誰でもない誰か。

銃声がすぐ近くでする。たんたんたんとリズムを取っている。恐怖はない。ただ闇より暗い絶望だけがあった。
俺の世界が崩壊した。俺が生きてきた現実が嘘になってしまった。
背後に気配を感じたが、もうどうだっていい。起きあがる気力もわかない。殺してくれたっていいんだ。そうしてくれたらとてもいいんだ。

「おまえはもう不要になった。」

振り返った先の赤い目が、感情のこもらない声でそうつぶやいた。
ショックウェーブ、俺を殺してくれるのか。問うまでもなく、頭一つ簡単に吹き飛ばせそうな銃口が額に向けられている。
こいつもすべてを知っていたのだろう。あまりに滑稽だ。無様だ。でもそんなこと、今となってはどうでもいいんだ。

「(なんだってよかった。)」

合図のように目を閉じる。冷たい塊が額の熱を奪って、死に際だというのに心地良い。

「(なんだってよかったんだ。この俺を、それでも必要だと言ってくれたら、)」

そう、誰かが。誰か一人でいいから。


爆音。
衝撃。
暗転。



そして、それから一切のことを、俺は覚えていない。





(西山さんありがとうございます!)


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