おそうじをする。
おそうじは簡単。いらないもの捨てる。いるものまとめる。これだけ。とっても簡単。私のおしごと。

だけど地球にきてからおそうじは少しむずかしくなった。
部屋にはすぐ砂や埃や細かいものがたまるし、いるのかいらないのか区別のつきにくい物がたくさん増えた。ボールペンのキャップは捨てたらだめ、住所のかかれたものはちぎって捨てる、ひざの破れたジーンズはそういうデザインだからたたんでベッドに置いておく。
もう、なんだかよくわからないよ。


「(朝から晩までおそうじだ。)」

「(埃やカビは体によくない。)」

「(カーテンもソファも足ふきマットも毎日あらう。)」

ずいぶんと住みにくいところに来てしまった。ここに来てから一日の大半は掃除をしている気がする。それがマスターの為であるということはわかっているので、投げ出さないし腹を立てたりはしないけれど、あんまりに不便ですこしだけ疲れを感じた。

つまようじで窓枠の角の汚れをとっていると、突然キッチンから音楽がながれてきた。テレビはきっているし携帯電話もない。不思議に思ってミリ単位の汚れをほうちし、楽しげな音をたどっていく。

音はポットからながれていた。ひとしきり歌ったら何事もなかったかのように元通りの無音がキッチンをみたす。どうやらそれはポットのお湯が沸いたことをしらせるための音らしい。私はお湯など使わないからしらなかったが、たまたまシンクを熱湯殺菌しようとお湯を沸騰させたのだ。

「(ふんふーんふん、)」

あたまのなかでさっき聞いた音楽をなぞる。短い音をつなぎあわせてなんども。
もう一度ならないかな、期待しながらポットを観察した。ぞうきんから砂埃がおちることもかまわずあの音楽にぴったりなテンポをとって振り回す。

「ふんふーんふん、」

鼻の先から空気をだすように音をつくると、それはあたまのなかの音楽とは似ても似つかないおかしな音になって現れた。

「ふん、う、ちがう。フン、ふぅん?ふーん?」

ちがう。ぜんぜんちがう。また頭の中で正しい音をなぞる。けれど、何度も何度も繰りかえすうちに、はじめに聞いた楽しげな音楽から遠ざかっていくような、正しいものからすこしそれて、それを繰りかえすうちに取り返しのつかないズレになってしまったような違和感をかんじた。
つくられた皮膚の腕の部分をすこし破って、なかにたくさん詰まっているコードから黄色のものを取りだした。お湯のはいった熱いポットを逆さまにして、ねじでしっかり止められたふたをはずし、内部に侵入する。
データはたやすく手にはいった。人間のつくるデータは単純で、むずかしいことが苦手な私にもちょうどいい。
数分ぶりに聴いた音楽は、やはり頭の中の音楽とはだいぶ違うものだった。弾むようなテンポでポロンポロンと奏でられる音楽が頭の中で最初から終わりへ、終わったら最初へ、また最初から終わりへ、ずっとずっと繰りかえされる。

「ふーんふんふん。」

けれどやはり口に出した音楽はやっぱりどこかちがう。
それでもいい。私はポットの音楽を口ずさみながら、機嫌のいいスキップでキッチンをでた。
窓枠の隅にたまった汚れをとる。部屋中の蛍光灯をぞうきんでふく。お風呂場の排水溝にハイターを流しこんで一時間おいてから水でながす。

「ふーんふんふん。」

退屈で案外大変だけど、今はおそうじミュージックがあるからとってもしあわせ。



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