葬式

「関君、息をし給え!」
黒い。漆黒の上下。
まるで今日は喪服のような出で立ちだ。それでもどこか高貴で洒落た格好に見えてしまうのは彼が榎木津礼二郎であるからで、つまらない事にこの男が身に纏えば全て同じ形容になる。
「息ならしています」
片眉だけ吊り上げる器用な表情で頭一つ程上から私を捉えるこの男は実は私と同じ人間である。
信じがたい。
「いいや、君は息をしていないぞ」
「精神的に――ですか」
私が死人のように覇気がないとでも言いたいのだろう。そのような悪罵には友人達のお陰でもう慣れた。
「何だい精神的って。まぁいいや。兎に角!関君、君は息をし給え!」
この男の言うことは大概理解出来ない。しかしそれは私の頭が足らないとか、彼が意味のない冗談を言っているのとは違う。この男は冗談など言わない上に聞きもしないだろう。
では何故かと問われても答えられない。判らないのだ。
「僕は喋ってるじゃないですか。息をしなけりゃあ喋れない。即ち僕は息をしています」
しかし私も食い下がらないので質が悪い。敵わないと明白な相手に噛み付くのは私の悪い癖で、それにより私は益々追い込まれ惨めになる。
「君はね、僕らの言うことをただ黙って聞けばいいのさ。言い訳は、却下だ!」
首斬りを下品に手で真似て笑った榎木津の顔を直視してしまった。ああ厭だ。
僕らとは、まぁ大方予想がつく。
「――じゃあ、そうしましょう」
言い争っても埒が明かぬ。大人しく従うのはどうも腑に落ちないのだが、今日はどうにも彼の言う通りにしてみたい。酔狂だろうか。
「息をするんだ。息をして、ほんのちょっと背筋を伸ばして歩いてご覧」
真っ直ぐ前を見据えて歩く顔を呆っと見乍、私は鼻から息を吸った。空気が気道を通り肺へ到達する。
息をして、前に屈み気味の背筋を出来るだけ天へ伸ばした。
息をする。息をして、真っ直ぐ前を――
「今日は葬式だ」
だから全身真っ黒なのさと言って歩を止め、私へ振り向く。莞爾として咲うその顔は初めて見る榎木津であった。
「榎さん」
私の葬式、か――
ほんの少し前にいた息さえ出来ない愚図な私の葬式だ。参列者は彼一人。
「有り難う」
この葬式の日に私を生んだあなたに感謝しよう。
関口巽、君は息をするのだ。