翻弄

一体何を揉めていたのか途中で忘れてしまった。勝ち目のない言い争いをまた起こしたのだ。
君はいつも余裕で誑かして、そして負かす。
「嘘だ」
「どうしてそう思う?」
そんなことは――判らない。
君に言いくるめられることを至福とし、然もそれが寵愛の証であるとか考えている、僕。
そんなものは所詮昔――学生の時分抱いていた欲の一部であり、実に寂しい妄想である。
私はもう、大人なのだ。
「この世にはね、不思議な――」
「ああ!判ってる。判ってるってば」
その一言は結局ほんの些細な切欠に過ぎない。そんな一言で何かが変わる、判ってしまう訳がない。
この世――否、君は不思議だらけだ。
「君は変わってしまったな」
「真逆。僕はずっと僕のままさ。変わっちゃいない。君もだ、関口君。君はまるでそのままじゃあないか」
未練がましい――
枯れ木が囁いて、心を乱されるから耳を塞いだ。聞こえるが、聞きたくもない。僕に憑き物を憑けて遣る本当の犯人はきっと、君なんだろう。翻弄されている。
「嫌な友人をもってしまったなあ」
今のだけは独り言である。こんな事は、以前云ったような云われたような気がするが引用ではない。思った事がそのまま口から漏れた。絞まりの無い口だ。
「嗚呼!」
肩を僅かに揺らした友人が、何か閃いた学者のように溌剌と云う。
「初めて君の云ったことに同意しようと思ったんだが――惜しかったなあ」
愉しそうだ。僕は未だに振り回されている。これは不思議じゃないか?
私はそう思うよ。
「嫌な知人、だろ」
「どうかな、関口センセイ」
黒光りする学生服を思い出してうんざりした。僕の方が高かった目線、まだ丸みを帯びていた顎や頬。湿って居心地の悪い寮の部屋――
どれも擦り切れた過去だ。戻りたいとは思わない。だが、愛しく想う。
それは私の遺産なのだから。
「あれから随分歳をとってしまったね」
哀しいことに私達はもう、大人なのだ。それなのに私はまだあの頃の呪縛を望んで身に纏っている。
「十年以上も成長していないくせに――よく云うよ」
あと余年、同じことを云われたいと願う私は矢張憑かれていると想う。
その頃には君の白髪を数えて私の皴が笑うだろう。