閉塞

アハハハハハハ!
脳天から突き刺すような高笑いを上げている目の前の友人は何処の物とも知らぬ扉を乱暴に揺さぶっている。
その内に蝶番がいかれてしまうんではないかと怪訝に思われたが、この友人の目的は端から其所にあるのだ。生憎止める気にはならない。
否、元来私はこの男を止める術を持たないのだ。
「おい関!君は何を呆けているんだ。手伝い給えよ!そんな絞まりの無い顔をして、何時かその間抜け面から排泄するんじゃあないか?ハハ!汚いなあ。聢りしろ!」
捲し立て乍も腕は休まる事を知らず、不躾な騒音が辺一帯にこの男の存在を知らしめる。
そして私を蔑む事も決して忘れない。
この扉が何なのか私は知らない。第一此処が何処で何故この男と二人きりなのかさっぱり見当がつかない。私は何故こんな所に居るのだろう。あの扉は何だ。
あんなに固く閉ざしているのだから無理に開ける事はないと思う。何故この男はこうも必死にノブを引っ張ってみたり、その長い脚で以て蹴ったりするのだろう。閉じているのだ。開けない方が善いことだってあり得る。
「馬鹿者!君は本当に猿、否猿以下の脳味噌なのかい?ハハ!まあ知っていたがね」
時折私は彼が羨ましくなる。鬱病と躁病と言う対照的な病を照らし合わせ自分に無いものを単純に羨ましいと思うのかも知れない。どうしてそんなに笑えるものか、少し真似たいと思い頬の筋肉に鞭を打つも、噫これはまるで――狂いだ。
「吁嗟、関君。何だねその顔は。辞め給え。そら、もう一寸で開くぞ!」
扉はより一層激しく音をたてている。もう少しで蝶番が外れるか、鍵が壊れるのだろう。
私の心の様に閉ざされた扉が目の前で繰り広げられる暴力にも似た行為によって開けると言うよりは破壊されてしまう。
そうだ、閉ざしているのだから開ける必要などない。
私の心の様に閉ざされた扉――
「榎さん。いけない――」
私が懸命に絞り出した言葉は彼に届かない。扉が開いてしまう。
駄目だ――
「何か言ったかね?まあいい。ところで関君、君は何時までそうやって突っ立っているつもりなんだ。このウスラトンカチ!汗をかくのは君の仕事だろう!」
嘘を吐け。榎木津礼二郎は汗一つ垂らさない。人形なのだ。
―暗闇
―躁病の人形
―鬱病の猿
―拭いきれない私の汗
―閉ざされた扉
―私の心
開いてしまう。折角閉ざしているのに。開けてはいけない。開けるな。何が出てくるか判らない。中は私の心の様に虚貝の如く恥ずかしい程に空かも知れぬ。若しくは悍ましい想いが飽和し息も儘ならない常態かも知れない。
矢張駄目だ。開けてはいけない。開けるな。開けるな――
「開けるな!」
今度こそ私の言葉は通じた。
狂いの私の言葉は人の言葉として人に通じるのだ。私は人だ。
動悸が止まず上下する私の肩を榎津が鷲掴んでくる。
そうだ。止めるんだ。扉は開けてはならない。
「関君。君の為じゃあないか」
人形が笑っている。
「開けなけりゃあ君は何時まで経っても――」
そう言って榎木津は消えた。
暗い。此処は何処までも暗く、廊下の様に長細い。此処は何処なんだ。榎さんは何処へ行って仕舞ったのだ。
扉がガタンと鳴った。
「榎さん――」
真逆彼はこの閉ざされた扉の向こうへ行ったと言うのか。私が何時まで経っても何だと言うのだろう。肝心の最後は聞き取れなかった。
先程まで暴行に耐えていた扉に私も触れてみた。ひんやりとして気持ちがいい。
開けてしまおうか。
この扉を開ける事で私の閉ざされた心もまた鬱悒した柵から解き放れると諭されたのだろうか。
誘惑に駆られる。この焦燥感は何だ。

噫、扉が開いてしまう。