大学の帰り何の目的もなくふらふらと夢遊病患者の様に出歩いていたら大変派手な通り雨に見舞われた。はて今日の天気予報は晴れのち雨だったかしらなどと思ったが、そもそも私はテレビも新聞もラジオも全てのメディアにおける天気予報をすべからく目にしていない。そんなことを暢気に考えている間に眼鏡に雨水が垂れ、視界が悪くなった。
「すみません。私、それほど背が高くないので狭いとは思いますが我慢してください」
突然雨が止んだかと思いきや、何の前触れもなく私は傘の下の住人になった。何処からともなく現れ私に傘の左側を分けてくれた黒髪の乙女は、愛想笑いすらせず屹度とした態度で一瞬私を見た以外何の反応もなかった。
確かに私の旋毛すれすれに傘の骨組みが位置していたが、だからと言って見ず知らずの女性に『でしたら私が代わりに持ちましょう』などと言えるほど私は図々しくない。
「いや、構いません。どうも有り難う」
ちらりと横目で左側を伺うと濡れ鼠になりつつあった私を憐れんでくれた心優しい黒髪の乙女は態度こそ素っ気ないものの、顔を構成する全てのパーツが小柄で可愛らしい。
嗚呼、心なしか良い香りがする。
しかし同じ傘の下共に歩む私達にこれ以上の会話はなく、あまりじろじろ見るのも気がひけたので隣の様子を伺うこともそれ以上しなかった。
横断歩道の最後の縞縞を跨ぐか跨がないかのところで傘が揺れ、雨水がばっと散った。
「それじゃあ、先輩。また」
「あ、ああ――ん?」
互いの顔を正面から見つめあう感じで私の前に立ちはだかった名も知らぬ彼女は、先ほど私を傘へ招いてくれた優しさとは正反対の素っ気なさですっと歩み去ってしまった。
少々気になることがあったが傘を失い、私はまた濡れ始めたため大した価値もない書類の束が入った茶封筒や大して参考にならぬ参考書を傘代わりに屋根を探してきょろきょろと不審な行動をとった。しかし探すまでもなくすぐ側に小汚い喫茶店があるのが目に入り、財布の状況に有無を言わさず店内へと逃げ込んだ。
――いったい彼女は何者?
信号機の下をくぐりながらろくに言葉も交わさず別れた彼女と再び出逢ったのは、空がラムネ色のように晴れた夏日のことである。