日差しは強いが少しばかり風が戦いで好い朝だった。昨晩はあれ程冷えたというのに明けてみればこの陽気である。季節の変わり目というのはやれ体調に気をつけろだの着るものに困るだのと言うが、その生活の変化に私は愉しさを感じている。
もう数週間もすれば蝉が鳴き始めることだろう。

「すまないがそれは私に任せて呉れないか」
朝の膳を運ぼうとしていた女中の一人を呼び止め自分が運ぶという旨を伝えると、何が可笑しいのか彼女は口元を隠して楽しげに笑った。
「今日は坊っちゃんもきっとご機嫌で御座いましょう」
「そうか?」
「ええ。こんなに好いお天気ですから――本当は時折若にお願いしようと思っていたのですよ」
私が受け取った膳を見ながらまだ何か言おうとしている彼女に持ち場に戻るよう言い付け、私はその場を後にした。

「白粥は味がしなくて不味い」
弟のよく通る声が襖の奥から聞こえた。
「独り言か」
襖を開け放つと寝具に腰を下ろした弟が乱れた髪を掻き乍ら胡座をかいていた。
昨晩の仰々しさを微塵も感じさせぬ平常通りの弟を確認した安慮から私は深く息をついた。
「溜め息吐くほど嫌なら何でお前が運んで来たんだ」
「そうやってすぐ憎まれ口を叩くな。朝食の時間だ」
「ふん」
膳を置く序でに腰を下ろした私を恨めしそうに横目で見ている弟は、長く伸びた髪が顔に掛かりそれを払う仕草を何度か繰り返した。
「それにしても麓介、少し髪を切ったら如何だ」
「誰に会う訳でもないのに外見なんか気にする必要もないだろう――誰にも会わないんだ」
「そのまま伸ばすつもりか?別に止めはしないが」
私の言うことには興味がないとでも言うように膳を平らげ始めた弟の食の進みを見る限り、あの女中の言う通り機嫌が好いのかもしれない。
「まあ好きにしなさい。麓介、食べ終えたら今日は自分で片付けてくれ。調子が良いのだろう」
「ああ」
「薬は忘れるなよ」
茶碗から箸が離れるのを見届け腰を上げると、野良猫を追い払うような手つきで弟が欠伸をした。