まるで羽化したばかりの虫の様に青白い肌が、触れたら割れてしまいそうなほど薄い硝子の様に見えた。事実彼の肌には無数の皹が見受けられ、割れた硝子の如く亀裂が入っている。
乾燥している訳ではない。頬を撫でれば人並みの弾力があったし、近付いたところでその皹が傷であるのかすら解らなかった。ただ皹からは血が流れる訳でもないし肉が覗くでもなく、本当にただ割れた硝子板の様であった。
死蝋か若しくは死んでまもない人間の肌の色としか思えぬ顔色で、それでも彼は何時でも微笑んでいた。外気を知らぬ肌には無数の青い血管が透けており、優しげな表情とは裏腹にそれが一層生きた人間らしさを失わせている。

始めて彼を見たのは私が中等部に入学した頃であるから、もう二年程前になるだろう。
大抵の生徒は授業が終了すると表通りの古本屋や甘味処へ足を運んだが、一歩裏通りに這いると其処はまるで別世界であった。
其処は密集した古い長屋の屋根や不自然な壁により陽が届かず、昼間にも関わらず何時でも暗くじめじめとしていた。
そんな夏でも肌寒い様な陰湿な場所に、何故私が足を踏み入れたのか今となっては解らない。初めはこの異様な雰囲気に随分と呑まれたものである。
道の舗装も碌にされていない上に周りの建物も歪んでいたり傾いていたり、大凡真面な生活を送っている人間が住む家には見えなかった。
自分の生家が老舗の料亭であり何不自由ない裕福な生活を用意されていた私には、この光景がまるで別世界の如く感じられて非常に異端に思えた。だが実際あの通りで暮らしている者達にとって其処は紛れもない現実であり、時折見掛ける住人達に私は日常を感じた。