差し出された手指に一筋線が走って、そこから溢れ出たものが直線を描き乍ら手首まで伝っている。拭わずに垂れて滴となったものは、学生服に吸われ赤とも黒ともつかぬ薄気味の悪い染みになった。
食器の割れる音を聞き付けて慌てて立ち上がった筈が、手当どころか呆然と立ち尽くしている。
何故か背徳い気分が込み上げて、まるで胃液を吐き出す様な味がした。

「おい。あんた、此処が何のためにある部屋か忘れたのか」

相手は一回りも年下の子供である。剰え自分は教師であるというのに、その横柄で乱暴な口調を当たり前の様に享受して仕舞っている。

「死神みたいな顔しやがって、本当は吸血鬼でしたとか言うなよ」

彼の顔色を伺うよりも掲げられた腕の先ばかりを凝視して、何時までも脱脂綿の一つも取り出さずに朦朧としていた。
目の前に佇む子供は、それを嘲笑う様に切れた細指を舐め乍ら上目遣いに自分を視ている。

「仮令僕が吸血鬼でも君の血だけは」

「何だよ」

不服そうな声色が自棄に大人びた外見には似気無い子供染みたものだったから、少しだけ体温を感じて安心した。

「勿体無くて」

少し微笑んで見せるほどの余裕は取り戻したつもりだった。
しかし視界の中に緩慢に吊り上げられた丹花を捉えた瞬間、それは無貪な自分が何か為出来してしまう契機には充分であった。