涼宮ハルヒと云う少女が居る。
これは実在しない。僕の創作した想像上の少女だ。
「もっと真面な名前を付けてやれなかったのか」
「僕の作品に難癖付けますか?」
「否そうじゃないが。妙な名だ」
「ふふ。印象的でいいじゃないですか。簡単に忘れやしない」
僕の発表した作品、件の涼宮ハルヒなる少女が登場する小説は大層売れた。大衆はやれ傑作だ奇才だと僕を賞賛した。
だが彼だけは異議があるらしく、言い掛かりにも似た小言を度々漏らす。
「お前はこんな女が好みなのか」
「真逆。魅力的だとは思いますがね、僕は彼女の傍若無人さに従える程の良心なんて持ち合わせて居ないのですよ。貴方ならよくご存知でしょう?」
そう云うと彼は曖昧に返事をして隠しもせず欠伸をした。
「俺もご免だな」
彼もまた物書きではあるのだが、彼の作品は一部の物好きと云うか評判の範囲が実に狭いためお世辞にも売れているとは云えない。僕は彼の作品を愛読している数少ない物好き一人なのだ。

彼と初めて顔を会わせたのは出版社の応接室だった。編集の人間が偶々居合わせた僕を彼に紹介すると云って半ば無理矢理通された。
病とはまた違う気だるさを纏った彼は挨拶もそこそこに云った。
「お前の小説は嫌いだ」
顔中の筋肉を硬直してマネキンの様に動かなくなってしまった編集の人間達を無視して僕は大笑いした。
作家としての彼への憧れは、人間としての彼への好意へと姿を変えたのだ。
「古泉一樹です。此方で少女趣味の、破廉恥な小説を書かせて戴いております。お見知り置きを」
「変な奴」
差し伸べた手を彼は不服そうに握り返しそう云った。
そうして我々は知り合い、その後何度かこうして会っては互いの作品についてや世間話する。
彼は偏屈で、僕もまた屈折している。他人には喧嘩や言い争いに見えるそうだが彼も僕も討論を楽しんでいる。
「貴方の新作に登場する少女、あれは結局人間なのですか?僕はこれでも貴方の作品の愛好家ですが、どうもあの娘は判らない。インターフェイスとはどう云う意味です?」
「理屈で読むな」
相変わらず不機嫌な顔で珈琲を啜る彼は、見様によっては珈琲が苦くて眉を寄せている様にも見える。
「貴方の此れだって随分高襟な名じゃあないですか。と云うかまるで男の名だ」
先刻ケチを付けられた箇所を僕も攻撃した。だがこれは本心だ。
「希望が有ると?」
「何とでも云え」
僕も黙り紅茶を啜った。喫茶に流れる音楽や他人の話し声が非現実に感じる。
「まあ、朝比奈何とかよりは真面でしょうか」
厭味にも似た高慢さでそう云うと彼は咳き込み、飲んでいた珈琲を溢すまいと奇怪な動きをした。
朝比奈と云うのは朝比奈みくると云う此れもまた高襟な名前の少女で、彼の処女作に登場する実に愛らしい可憐な乙女である。
その娘は実在する彼の初恋の相手らしい。出会って間もない頃僕が問い質したのだ。
「噫、真逆この長門とやらも貴方の思い人じゃあないでしょうね」
彼は何も言わなかった。
「先生、気が多いのは結構ですが貴方は一寸女の趣味がずれていらっしゃる様だ。変な女に捕まらないよう気を付けて下さいよ」
ほうら、丁度この涼宮ハルヒの様にね。