「妹が真似をするから駄目だ」
そう気丈に言うので従おうか躊躇してしまう。
「お兄さん、妹さんはまだ十歳なのだから」
示しがつかないと言う。では泊まってくれとは言わないが、まだ陽も完全に落ちきらない初夏の午後七時前。彼が靴を履いてしまう。隠してしまえば善かった。
どうせ明日嫌でもまた顔を会わすからとは言うけれど、それではあまりに長い。それに嫌でもは余計だ。帰ってしまえば一度も連絡をくれない。
「おやすみもおはようも無視しないで」
別れの挨拶は嫌いだ。永遠の死別みたいで嫌いだ。僕がそう言うのに彼は態と毎回今生の別れの様な演出を好む。
「家に着いたら連絡くださいね」
一度も約束を守ってくれない。約束とすら思っていないのかもしれない。
「何とか言ってください」
彼が鞄を肩に掛けて意思の強さを見せ付けてくる。
「俺はお前とは違うんだよ。兄として妹の模範にならなければならないし、親に迷惑はかけられない。俺には家族が居るんだ」
鉄の扉が開いて暗い玄関に陽が差す。帰ってしまう。僕のためにあと五分、いやあと三分でも居て欲しい。腕を掴みたい。帰らないでと言いたいのに。
「いい加減諦めろ」
扉が閉まり玄関がまた暗闇に呑まれる。今日は別れの挨拶さえくれなかった。部屋に帰っても、彼のように家族なんか居やしない。
なんて意地悪だ。彼は意地悪だ。このまま僕が寂しくて辛くて悲しくて、兎の様に死ぬか自殺でもしたら彼の所為だ。遺書にそう書いてやる。
でも明日また会いたいから死なない。お風呂に入って夕飯を食べたら、おやすみのメールを送って僕も寝よう。
妹さんのお手本になるために、十一時前には電気を消します。朝目が覚めたら、夢にあなたが出てきたとおはようのメールをします。

おやすみなさい。また明日。