一日中ずうっと寝ていたい。
犬とか猫みたいに飯を食う以外は寝ていたい。
寝返り以外全部が億劫だ。瞼だって開けたくない。
さっきから陽が眩しくて瞼の裏が真っ赤だ。血が赤すぎて目玉が痛い。
遮光カーテンが欲しい。
外は晴れているようだが、きっと寒いから換気はしたくない。
潔く一酸化炭素中毒で死のう。

電話が鳴った。
うるさい。もちろん携帯を掴むのも面倒だから無視する。
ああ、古泉かもしれない。
でも俺は今動けない。
根気よく鳴り続けた着信音も遂に切れると、なんだか少し寂しい様な気がした。
だったら出れば良いだろうが――

やっぱり寝よう。
夕飯まで寝よう。
夕飯は肉じゃがが好い。
あのスーパーの惣菜は美味しいから結構好きだ。

また電話が鳴った。
やっぱり古泉かもしれない。
家に直接来れば良いのに。俺、寝てるけど。

寝よう。
もう夕飯もいらない。
古泉も知らない。
明日授業何時間目からだっけ――



古泉と大学の帰りに遮光カーテンを買いに行って、二人で取り付けた。
窓の大きさを計り忘れていが古泉がこのサイズで絶対に大丈夫だと言ったのでそれに決めた。
実際帰って着けてみたら嘘みたいにぴったりで、なんだか気に入らないのでほらねとしたり顔の古泉の脛を思いっきり蹴飛ばしてやった。
それから一緒に近所のスーパーに買い物に行って、夕飯は肉じゃがに決めた。惣菜ではなくて材料を買って一から作る。
人参やじゃがいもを買い過ぎて、こんなに沢山使いきれないねと言って二人で笑った。



――夢を見た。

目が覚めたら部屋は蛍光灯の光に満たされていた。いつの間にか陽は沈んだらしい。
「おはようございます」
古泉が居た。
部屋の簡易すぎるキッチンの前でお玉と小皿を持ったまま、間抜けな格好で古泉が笑って立っていた。
そう言えば合鍵を渡していた事を忘れていた。
「よく寝ていましたよ。何回電話を掛けても繋がらないんで、勝手に上がって仕舞いました」
古泉はお玉を傾けて小皿に何か移すと、それを持って俺の脇に座った。
甘い匂いがする。
「味見してください」
渡された小皿の熱が手に染みた。
「肉じゃがを作ってみたんです。あなたなら甘い方が好いと思って少し甘くしてみました。お口に合うと良いですけど」
甘かった。
薄味で、でも甘ったるい。
優しい味って多分こんな感じ。
「一酸化炭素中毒で死ぬんだ」
見当違いで馬鹿な俺の一言に、場が一瞬覚めた様な気がした。
冗談のつもりが深刻な言い方になってしまい、言い終わってから酷く恥ずかしくなった。
くすくすと耳が痒くなるような小さな笑い声で古泉が取り上げた小皿を床に置くのを見ながら、その手がこの後俺の頭に乗せられる気がして期待した。
そして期待通りになる。
「死にませんよ。換気なら寝てる間にしましたから」
当たり前の答えと、当たり前の動作と、当たり前の笑顔。
死ななくて良かったと本気で思っているあたり俺は相当寝すぎてボケを通り越して狂ったか、脳が寝たまま活動を放棄しているかのどちらかだ。
「顔、洗ってきてください。ご飯にしましょう」
元いた場所に戻っていく古泉の後ろをふらふらとまるで酔っ払いの千鳥足でついて行った。
顔を洗ったら目が覚めさめると古泉が言うので、思い切って冷たい水で一気に顔を濯いだ。
「冷ってえ!」
本日初めて出した大声と同時に見上げた鏡には、浮腫んで救えないくらい不細工な自分の顔があった。
今すぐ古泉を押し帰そう。
こんな顔で向かい合って飯など食えるか。



やっぱり起きている時間が好い。
古泉がいればな。