閉鎖空間で怪我をする事はない。神人を狩るのにそれ程苦労はしない。身体的な疲労や睡眠不足などはあるが、負傷した事はこの三年間でただの一度もない。
しかし、いつか涼宮ハルヒの精神が酷く乱れて神人が凶暴化したとしたら。機嫌を悪くした幼女が床に投げつける少女を模した人形の様に、コンクリートに叩きつけられる自分を想像した。
「そうなりたいの?」
本日発生した閉鎖空間の処理が終了した、その帰りのことだった。黒塗りのあまり良い趣味とは言えない車内である。
森園生が隣りで携帯を弄りながらそう言うので、肯定するべきか否か迷っていると、こちらの返答など如何でも良さそうな素振りで無言のまま飴を差し出してきた。
「有り難うございます」
語尾になるにつれ小さくなる。情けない。自分の意気地の無さには殆厭きれている。本当はこんな包み紙が皺だらけの聞いた事もないメーカーの飴など欲しくない。
包み紙を開けると真っ赤な玉が出てきた。
「私達みたいでしょう」
彼女はまだ携帯を弄ったまま、多分僕にくれたのと同じ飴を口の中で転がしている。
こちらなど一度も見ない。暗い車内の中で彼女の弄る携帯電話の画面だけが発光している。
「えっと――」
また返答に窮したで取り敢えず飴を口に放り込むと、人工的で甘いだけの安い味がした。
車の揺れと相俟って、口内が一瞬で不快になった。
「あなたがそんな調子でどうするの。彼女に感付かれてでもみなさい。上がただじゃおかないのだから――しっかりなさい」
何時か『神のご機嫌とり係』と嘲笑われたのを思い出した。
「頑張り、ます」
車の揺れと飴の甘さ、香りにすっかりやられている。
口に手を当てて涙目の僕を一瞥した彼女が身を乗り出し、僕側の窓を開けた。
今日始めて目にした彼女の顔は、あの神よりも不機嫌で恐ろしい強(こわ)い面相だった。
「ここで出さないで」

――少し遅かった。