溝色

本の頁を捲る際、指を切った。新品の本は切れ味が良いらしく、傷はなかなか深い。
「先生」
右手を顔面に翳して指が切れたことを告げた。彼の感情のない目が一瞬揺らいだのを、僕は見逃さなかった。
「血、嫌いですか?」
「血なんか大して出てないじゃないですか。そんな傷、絆創膏を貼る必要もありません」
態とらしく不機嫌な声色で不平を口にし乍ら彼はまた俯いた。長い前髪に顔半分が覆われ、表情は読み取れない。
善い。単純で、判り易くて善い。彼の考えている事なら、顔が見えずとも手にとるように判る。
「大丈夫ですよ、先生。あなたに赤なんて鮮やかで綺麗な色は似合いませんから」
微かに血が垂れる人差し指をしゃぶると確り鉄の味がした。
「ああ、だけど先生の顔は真っ赤ですね」
――死にたい。
声には出ていないけれど、彼の口元は確かにそう動いていた。