血潮

私がいつものやうに忌まはしい咳をしてゐると、あの娘が茶碗を持つて現れました。
「ここへ吐いて頂戴」
口元へ宛がわれた茶碗へいとも簡単に血まみれの痰を吐き出すと、娘は嬉しさうに声を上げずに笑ふのです。
「あら、お口が汚れた」
茶碗に半分ほど溜まつた血液を揺らして、うつとりと娘は夢見心地で言ひます。
「これを如何して欲しいのか。すつかり解つてゐますのよ」
思はせ振りにさう言ふと、どこから取り出したものか、注射器を自分の腕へ突き刺すのです。
私はびつくりしてあつ、と声を出さずにはいられませんでした。
「あの方からこつそり盗んで参りましたの。悪い子だと叱らないでね」
私は顎に伝ふ血液混じりの涎を拭ふことも忘れ、注射器に娘の血が溜まつていくのに見入つてゐるのでした。
「これを如何するか、お知りになりたい?いいわ。見てらして」
私が頷くのも待たずに、娘は注射器の針の先を茶碗へ向けました。そんなものを一体どうするのかしらと好奇心がむくむくと腫れ上がつて、針から赤い線が一筋流れてゆくのを私は注意深く見詰めておりました。
さうしますと私が先ほど吐き出した血と、娘が抜き取つた血が、茶碗の中で混ざつたのです。
娘はまた静かに黙つて笑つております。私はと言へば、この気ちがひぢみた状況に一種の興奮を感じて、咳からではない心拍の上昇に鼻息が荒くなるのでした。
茶碗の中でぬらぬらと光る血潮が、あたかも私と娘がまぐわつた果ての情熱のやうにさへ感じられて、酷くそれがいとほしくなつたのです。
「まるで命を造つてゐるみたい」
拭はなかつた涎と血が布団へ一滴落ちるのと同時、わたしはたまらず娘を■■して了ひました。
茶碗は娘の手から滑り落ち、私達の新しい命は実をなすことなく、畳の中へと消えてゐくのでした。