普通

「先生って少し首が長いですね」
青白い顔から伸びた男性の癖に細い首、その下の皮だけ貼り付けた鎖骨。その身体中の何もかもが貧相でみっともない。ナヨナヨとかヘタレとかそういった類いの中傷はこの人の為に存在する。
「誰かに絞めてもらう時、長い方が好いじゃないですか」
薄くて肉のない唇が紡ぐ言葉は、時折ポジティブである。
一体誰に絞めて貰うつもりなのだろう。誰もこの人の為に前科持ちにはなってくれないと思う。紐で吊るすだけの広さで充分だ。そんな短い首はかえって気色が悪いけど。
「愛するが故の殺人や心中は人類の永遠の憧れですよ。人は死を嫌悪しながらもそこに美を見出すのです」
つまらない。この人の言葉は全部つまらない。ありふれた言葉を羅列しただけ。
人を殺すのはいけない事です。
物を盗むのはいけない事です。
それくらいつまらない。
「先生、誰があなたを愛した上で殺してくれるんですか?いつも大事に持ち歩いてる紐で独りで寂しく首吊りして死ぬんですよね?でもそれだって本当は出来ないんでしょう?出来もしない癖に、然も当たり前みたいにやれ殺人だ自殺だ心中だって。死ぬ覚悟なんてこれっぽっちも無い癖に。自分は人とは違うと懸命にアピールして人の気を惹きたいんですか?絶望したと嘆く事で世間から隔絶された存在を演じてるつもりなんですか?本当に心の底から死を望んで、それでも死ねない事に絶望する毎日は、あなたみたいな普通の人間に解る訳がない」
だって私には解るから。
息巻く私をまるで世界の終わりを知った様な、口を阿呆の様に開けた締まりのない顔で見ているこの人の心や頭は、てんで奇怪しくなどないのだ。
普通という言葉は素晴らしい。平均的、一般的みな素晴らしい。
そのようなカテゴライズに属せない者達は皆その言葉に憧れ、演技をする。然も普通の極一般的な人間を演じて周囲を謀り、欺き続ける。それが死ぬ迄か、限界がくるかの違いで私達の属性は決まる。
異常、通常と。
そんな人には見えませんでした。
明るくて、周囲に好かれる善い人でした。
口を揃えて言うのだ。
「日塔さん、貴女は」
さて、先生。一体私はどちらにカテゴライズされるのでしょう。何もかも人並みでつまらないと言われる私は、一体どんな人間なのでしょう。
平素の様に揶揄してくれますか。
「私、先生のこと愛してなんかいません。だけど私には出来ますよ。検事や警察に先生が好きで好きで仕方がなくて殺してしまったと言えば良いんです。そうしたら、ほら。先生は当事者になれるんです!先生が望んだ愛故の殺人の!きっと嘘の供述をした私はどんどん勘違いしていくんです。人は嘘を必死につくと、識閾下でそれが真実だと誤認するんですよ。だから私はいつか先生を心の底から愛して、最後には全部本当になるんです!素敵!」
善い事を思い付いてしまった。こんなに興奮したのは初めてかもしれない。
普通に明るくて、真逆そんな風には見えない、善い子でした。
きっとクラスの誰もがそう言う。
「先生、どうします?」
普通。私はこの言葉が大好きだ。