塵芥

「先生、そこから何が見えますか」
彼の鬱ぎがちな眼を無理矢理開かせて自分を映させたなら。あの濁った眼を通すと自分はどんな貌に見えるだろう。
彼の眼から世界を観てみたい。どれほど歪んだ景色を識っているのだろう。
「地獄です」
真っ青な空に真っ白な雲が広がり、光は燦々と影は涼しげに。なんのことはない晴れた朝の風景。
何がそんなに畏ろしいのだろう。何をそんなに恨むのだろう。知りたくはないが、ただ観てみたい。彼が身を置く窮屈で鬱結した世界を感じてみたい。
どれほど屈曲した五感を以てすれば己の存在さえこれ程までに厭えるのか。嘆いて喚いて鬱いでと忙しい彼の豊かな感受性に興味がある。
「僕にはただの校庭にしか見えません」
教室の窓枠から顔だけ覗かせて何処か一点を注視する彼の眼には業火の炎でも見えるのだろうか。こんな彼をもし偶然見つけたなら、飛び降りを阻止しようと慌てるクラスメイト達の嬉々とした表情がありありと眼に浮かんだ。
――死ねばいいのに。
独りだけ、あの子はそう言うだろう。僕の妄執だけれども。
「久藤くん」
色の無い唇を最小限に開いて紡ぎ出す言葉はいつも酷く弱々しい。きっと意志が無いのだ。垂れ流している。
「私が今此処から飛び降りたら如何しますか」
「難しい、質問ですね」
こんな半端な高さから投身したって内臓破裂だとか骨折程度で決定的には死ねないだろう。当然彼には意気地がない。
「此処から飛び降りたら死にますよ。私が、人が死んでしまうと言うのに、それが難しいと言うのですか?」
「止めて欲しいなら正直に言ってください。止めてあげますから」
「君の前では絶対自殺しません」
「そうして貰えると助かります。僕には荷が重い」
自殺というのは人知れずひっそりと行うものなのではないか。結局彼が望んでいるのは死や自殺という行為自体ではなく、それを善意で止めようとする人物の存在そのものなのだ。そういった行為により他人から干渉されたり奔走されることが余程好きなのだろう。
「この下は地獄なのでしょう?それなら例え落ちても蜘蛛の糸で助けて差し上げましょう」
「君がお釈迦様ですか?お言葉ですが私には善行の一つもありません。生まれたこと、存在自体が罪なのです。それでも助けて頂けるのですか?」
上部だけでも取り繕って彼が望むであろう差し出口を執り持っても、僕では満足出来ないらしい。
「今日は何がそんなに厭なんです?」
「――授業が」
緩やかな風に揺れる真っ黒な髪を思いきり引っ張って、彼の大好きな地獄へ突き落としてやりたい。
「授業が面倒くさい」
その虚ろな脳も愚鈍な眼も、何もかも劣っている。そんなことは本人より僕ら他人が一番よく知っている。
清々しい筈である今日の朝が、まるで曇天のような顔で白々しく一日を始めてしまう。みんな彼の所為だ。
「死ねばいいのに」
地獄の底から聞こえた鐘の音に、あの子の笑い声が孕んでいた。