殺人

芳賀がブッ飛んで死んだ。
目の前で車に引かれて宙を飛んだアイツの躰が地面に落ちたのは一瞬で、息さえ吐く暇もなかった。よくスローモーションみたいだったとか言うけど、あんなのは絶対嘘だ。惨劇をちょっとロマンチックにするための後付け。馬鹿らしい。
一緒に歩っていて何故芳賀だけ引かれたのか解らない。引かれる直前芳賀は笑っていたような気がする。何に笑っていたのかは判らない。最後に交わした会話は忘れてしまった。もしかしたら何も話していなかったかもしれない。通学中無言で歩く事は度々あったように思う。
芳賀をひいた車の色。
一瞬躰が浮いていた空の色。
歩道に茂る雑草の色。
草臥れた電線の色。
かんかん照りの夏だから、凡ての色があまりに鮮やかで妙に頭に焼き付いた。白と黒の制服は真っ青な空には邪魔だから芳賀は宙を飛ぶ資格が無い。
――グチャッ
蝉の鳴き声と知らない女の悲鳴。ブレーキの音、自分の鼓動。
凡ての音が曖昧で、芳賀が落ちた時の音だけがはっきりと聞こえた気がした。
嫌になるくらい暑い夏。
頭皮から頸に汗が垂れる。何処までも続く消えかけた白線。陽を反射して目が潰れてしまいそうだ。
鮮血とは言い難い赤黒い血が熱く焼けたアスファルトに広がってぬらぬら光る。あまりに熱いから放っておいたら沸騰して焦げるかもしれない。
芳賀が転がっているあっち側で蝉が騒いで散々のたうちまわった挙げ句、白い腹をひん剥いて死んだ。
「蝉とお揃いだネ、芳賀」
汗が、血が臭い。
炎天下の中、暫く座ったまま芳賀の死体と蝉の死体を見比べていた。
暑い。暑い。暑い。暑い。暑い。
僕まで熱中症で死にそう。
変な格好で道路のド真ん中を占拠する芳賀の死体が間抜けに思えて、好き放題広がった腕や足を整えてやった。ボーリングの玉みたいに重くなった頭を持ち上げて膝に乗せてやったが、後頭部が陥没していて一寸吃驚した。頭から落ちたせいだ。
「綺麗なお姉さんの膝じゃなくッて残念だったネ」
汗と血で汚れた頭を撫で乍、手に残る不思議な感覚を思い起こした。
芳賀の胸。肉のない平らな感触。何かを押した筈の腕の筋肉が神経を伝って手の平に訴える。
――芳賀を押したのはお前だ。
見知らぬ男達に引っ張られ無理矢理立たされると、芳賀と共に雑草だらけの歩道へ引き摺られた。草が剥き出しの腕に触れて痒い。
この時まだ芳賀は生きていたのかもしれないし、即死だったかもしれない。結局死ぬなら同じのような気もするけれど、それなら何かしてあげるべきだっただろうか。
僕の膝枕では芳賀は喜ばない。
名前と学校を何度も何度も聞かれているのに、頭は理解しても声が遠くて判らない。口が動かない。
その間も芳賀は手当てもされず、ただ無造作に雑草の上で寝かされて空を仰いでいる。蝉と同じ格好で。可哀想。
矢ッ張死んでるんだ。
頭が陥没すればそりゃあ死んで当たり前だけど、いざ現実を呑もうとするとこの先の事が面倒になる。自分も一緒にブッ飛んで死んでおけば良かった。
芳賀を殺して何の特もない。
別に殺すつもりなんか無かった。僕はただ胸を軽く押しただけで、芳賀が勝手に引かれて死んだ――ああ!なんて幼稚な言い訳!
「ごめんネ、芳賀」
暑さで頭がイカレて魔が差したんだ。
もうどうせ死んでるんだから呼ぶのは救急車じゃない。警察だ。

「人殺し」
芳賀の死体が喋って僕は嗤った。